日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第342回
「師走」を「しはす」と読むのは間違いか?

 「常用漢字表」に「付表」というのがあるのをご存じだろうか。「いわゆる当て字や熟字訓など,主として1字1字の音訓としては挙げにくいものを語の形で掲げた。」ものである(「表の見方及び使い方」)。
 この付表に示された語の中に、陰暦12月の異称である「師走」が入っているのだが、その読みを「しわす」としつつ、「(「しはす」とも言う。)」といった注記もついている。
 確かに、「師走」は「しわす」と読むのがふつうであるが、「しはす」と言っている人もけっこういるような気がする。すべての国語辞典がそうだというわけではないのだが、「師走」は解説のある本項目は「しわす」であるが、「しはす」を空見出し(参照見出し)にしているものも多い。「常用漢字表」に注記があるからということではなく、実際に「しはす」で引く人も多いことから、引きやすさを考えたためだと思われる。
 ただ、どうしたわけかNHKはシハスは認めておらず、シワスとだけ読むようにしている(『NHKことばのハンドブック』)。
 言うまでもないことではあるが、「師走」はもちろん当て字である。「師走」の歴史的仮名遣いは古くから「しはす」と書かれてきたが、語源についてはよくわかっていない。『日本国語大辞典』の語源説欄には、経をあげるために師僧が東西を馳せ走る月であるところから、シハセ(師馳)の義だという説、四季の果てる月であるところから、シハツ(四極)月の意だという説、トシハツル(歳極・年果・歳終)の義だという説などが紹介されているが、決定打となるものはない。この中では、最初の師僧が東西を馳せ走る月だという説が、年の暮れの慌ただしいようすと一致することから、もっともよく知られているであろうし、それが語源だと思い込んでいるかたも多いかもしれない。確かにこの語源説に従えば「シハセ(師馳)」が「シハス」となり、これが歴史的仮名遣いになったようにも思えるのだが。
 いずれにしても「しはす」と読むのは、歴史的仮名遣いをそのまま読んだことと、「師走」という当て字に引かれたからであろう。NHKは使わない読みではあるが、間違いとは言えないと思われる。

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