第348回
「いたたまれない」は「いたたまらない」だった

 「あまりの恥ずかしさに、いたたまらない気持ちになる」
 この文章を読んでどのようにお感じになっただろうか。ひょっとすると、「いたたまらない」は「いたたまれない」の間違いではないかとお思いになったかたもいらっしゃるかもしれない。だが、「いたたまれない」も「いたたまらない」も江戸時代頃から両方とも使われていたらしく、意味や用法もほとんど区別がないようなのである。
 『日本国語大辞典』の「いたたまれない」では、江戸時代後期の人情本と呼ばれる小説の例が引用されている。

*人情本・花の志満台(1836~38)三・一七回「詰らなくなると、さア、彼奴(あいつ)めが我儘一杯(いっぺえ)を働いて、なかなか居(ゐ)たたまれねえ様にするから、忌々しさに出は出て見たが」

 一方「いたたまらない」のほうは、式亭三馬作の滑稽本『浮世風呂』(1809~13)の以下のような例である。

 「わたしが初ての座敷の時、がうぎ〔=ひどく〕といぢめたはな〈略〉それから居溜(ゐたたま)らねへから下(さが)らうと云たらの」

 『浮世風呂』のほうが成立は20年以上早いが、ほぼ同時期のものと考えていいだろう。ただ、語源を考えてみると、「いたたまらない」は「居・堪(たま)らない」、つまり「いることががまんできない」の意味だと考えられる。この「居る+たまる+ない」の「いたまらない」に、強調か口調のためにもう一つ「た」が挿入された形が「いたたまらない」だとされている。
 さらに、「たまらない」は「がまんできない」の意であるが、「……できない」の意味の場合、たとえば「止まる」が「止まれない」、「終わる」が「終われない」などと、当時から「……れない」の形となることがあるため、それに引きずられて「いたたまらない」も「いたたまれない」に変化したと考えられている。
 つまり、語源的には「いたたまらない」が元の言い方だと説明できるのである。だからというわけではなかろうが、現在でも「いたたまれない」「いたたまらない」どちらも使うが、「いたたまらない」のほうがやや古めかしい言い方に聞こえるような気がする。「いたたまれない」のほうが優勢だということはわかるのだが、小型の国語辞典では「いたたまらない」が完全に消滅してしまったわけではないのに、これを見出し語にしているものはほとんど無くなってしまった。残念なことである。

キーワード:

さらに悩ましい国語辞典
―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―

日本最大の辞書『日本国語大辞典』の編集者はまだまだ悩んでいる! 辞書で定義しずらい言葉の悩み辞書にした「悩ましい国語辞典」の第2弾。
そんたく【忖度】[名]「忖」も「度」もはかるという意味。他人の心を推し量ることで「なにか配慮をする」の意味はない。/しんしゃく【斟酌】配慮までする意味なら「忖度」でなく、「斟酌」の方がしっくりする。この語「手加減する」と意味は変化し続け、今、忖度で起きている現象が斟酌でも起きている……

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る