日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第349回
「たんぼ」か?「田んぼ」か?「田圃」か?

 埼玉県さいたま市に「見沼(みぬま)たんぼ」と呼ばれている地域がある。同市には見沼区という行政区があるのだが、その区名の由来となった場所である。ただし、「見沼たんぼ」の区域全体が見沼区に含まれるという訳ではなく、周辺の区にもまたがっているようである。「たんぼ」というのは、江戸時代に干拓によってできた新田地区であるからそう呼ばれるようになったらしい。現在も貴重な緑地として残されており、市民の憩いの場所になっているという。私自身は、以前この区域内の小学校に何度かお邪魔したことがあり、ごく一部ではあるが、どこか懐かしい田園風景を実際に見ている。
 この「見沼たんぼ」だが、さいたま市と埼玉県にそれぞれホームページがあるのだが、面白いことに「たんぼ」の表記が異なっているのである。市は「たんぼ」、県は「田圃」と。
 「田」のことをいう「たんぼ」の表記は、平仮名で「たんぼ」と書くか、「た」だけ漢字にして「田んぼ」と書くかで揺れることが多い。「田圃」と漢字で書く表記は当て字である。「田圃」と書いて「でんぼ」「でんぽ」と読むこともあるが、これは田と畑の意味である。
 「たんぼ」は、「たのも(田面)」、あるいは「たおも(田面)」の音変化かと言われている。「たのも」も「たおも」も田の表面という意味である。
 「田圃」は当て字であるうえに、「常用漢字表」に「圃」の字がないことから、「田んぼ」または「たんぼ」という表記が混在している訳である。このため小型の主な国語辞典でも漢字表記欄の扱いが以下のように異なっている。

・当て字である「田圃」だけを示している辞典:『三省堂国語辞典』『新明解国語辞典』
・表記欄は「田圃」で、補注で「田んぼ」とも書くとしている辞典:『岩波国語辞典』『明鏡国語辞典』
・「田んぼ」を標準的な表記とし、「田圃」を慣用的な表記としている辞典:『新選国語辞典』
・「たんぼ」を標準的な表記とし、「田圃」「田んぼ」を慣用的な表記としている辞典:『現代国語例解辞典』(ただし「たんぼ」よりも「田んぼ」の方がわかりやすいため多用されるという注記あり)

 新聞では「田んぼ」、あるいは「田」と言い換えるようにしている。辞典は必ずしも「田んぼ」派が優勢という訳ではないのだが、それでも「田んぼ」と書かれることのほうが多いのは、新聞などの影響だと思われる。
 「見沼たんぼ」に関しては、おそらく正式な表記は決められていないのであろう。だが、さいたま市も埼玉県も、もっとも多いと思われる「田んぼ」ではないところが、何か考えのあってのことなのかと、気になって仕方がない。

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