第57回
「薫る」の歴史的仮名遣い

 時まさに「風薫る五月」ということで、「薫(かお)る」の話である。
 シンガー・ソングライターの小椋佳さんに「シクラメンのかほり」という美しい歌がある。この歌のタイトルに使われた「かほり」だが、正しい歴史的仮名遣いは「かをり」だということをご存じの方は大勢いらっしゃるであろう。
 「かお(を)り」は「かお(を)る」の名詞形だが、「かお(を)る」の語源は、“香がそこにある” 、すなわち「カヲル(香居)」だという説がある。この説に従えば、存在する意味の「おる」の歴史的仮名遣いは「をる」なので、「かをる」で間違いないということになる。 
 だが、実は古典をひもとくと「かほる」「かほり」の例は数多く見つかるのである。たとえば、『日国』の用例部分を「かほる」「かほり」で検索すると、江戸時代の用例が圧倒的に多いものの、『源氏物語』などの平安時代の用例も多数見受けられる。写本で伝わることが多かった古典の場合、その仮名遣いは原本が成立したときのものではなく、写本が成立した時代のものであることも多いのだが、それにしても「かほる」「かほり」の時代的な広がりはかなり大きい。
 歴史的仮名遣いの愛好者には叱られてしまうかもしれないが、辞書には「かおる」の正しい歴史的仮名遣いは「かをる」であると書かれていても、個人的には「かほる」も繊細な響きがあって悪くないと思っている。

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