第80回
「人間」は「にんげん」か「じんかん」か?

 以前もご紹介したのだが、サッカー日本代表の岡田武史元監督に、「辞書引き学習」の深谷圭助氏との対談のために編集部までおいでいただいたことがある(第59回)。その折に岡田氏から 「人間万事塞翁(さいおう)が馬」という故事成語をよくお使いになっているというお話をうかがった。
 その時はさらに「人間」を何と読むのかということが話題になった。岡田氏は「にんげん」と言っていたそうだが、ある時それは「じんかん」ではないかという指摘を受けたというのである。
 「人間」ということばは「にんげん」と読むか「じんかん」と読むかで厳密には意味が異なる。「にんげん」は「ひと」の意味、「じんかん」と「世の中、世間」の意味となる。
 「人間万事塞翁が馬」は中国古代の哲学書『淮南子(えなんじ)』による故事で、ふつうは、人生の吉凶(きっきょう)、運不運は予測できないという意味で使われる。なのでやはり「人間」は「ひと」のことであろう。実際、「じんかんばんじさいおうがうま」と読んでいる例は出会ったことがない。
 では、なぜ岡田氏にわざわざ「じんかん」では、などという人がいたのだろうか。
 勝手な想像だが、「人間いたる所青山あり」と混同したのではないか。この句は、幕末の僧、月性(げっしょう)の漢詩の一節で、「じんかん」か「にんげん」かで揺れているのである。ちなみに「じんかん」と読むと「世の中には骨をうずめる場所はいたるところにある」という意味になり、「にんげん」と読むと 「ひとが骨をうずめる場所はいたるところにある」という意味になる。
 どちらの意味も不自然ではないが、「にんげん」の方が語としては一般的なので、最近の辞書は「にんげん」を本項目にしているものが多い。

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