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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 566

『ゲセル・ハーン物語 モンゴル英雄叙事詩』(若松寛訳)

2012/06/28
アイコン画像    モンゴルの大草原の中だから生きてくる!?
荒唐無稽なヒーローの大冒険の物語

 「東洋文庫」の名の通り、この叢書には、さまざまなアジアの国の作品があるのだが、今まで手をつけてこなかった国がある。“モンゴル”である。朝青龍に白鵬と、大相撲ではモンゴルがお馴染みだが、私が知っているのは他に、元寇と移動式住居パオ(ゲル)くらい。

 そこで、調べてみると、モンゴルは非常に親日的で、関係も深いらしい。向こうの首相は1990年に日本を〈第二のパートナー〉と呼び、それに呼応する形で、〈1991年8月に当時の首相海部俊樹が、日本はもとより西側首脳として初めて、モンゴルを訪問した〉。現在、日本は〈モンゴルへの最大支援国〉で、モンゴルに駐在出張所を開設している日系企業は25社、現地法人化した日系企業は100%資本と合弁をあわせて373社(2011年6月 モンゴル外国投資庁)だと言う。で、〈遊牧生活のため、文字文化はあまり普及しなかった〉モンゴルの誇る文化が、〈独自の口承文芸〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)だと言うのだから、それを覗いてみることにした。『ゲセル・ハーン物語』。モンゴルの三大古典文学のひとつである。

 「ハーン」というのは「王」という意味なので、つまりゲセル王の話。これがね、まあ荒唐無稽なファンタジーと言いますか、ご都合主義と言いますか、とんでもない話なのです。

 主人公のゲセルは帝釈天の息子(三男)で、荒れてる地上界を立て直すために遣わされたという設定。息子たちは最初、〈(地上に)行っても、王になれなければそれまで〉だからと嫌がるのだが、天界人でも、地上界を治めるのはまた別の話、というのが面白い。で、ゲセルはある不幸な女性のお腹を借りて、そこから生まれるのだが、産んだ母親は終始〈変な子〉呼ばわり。鬼っ子扱いだ。ゲセルはしかし(予想通り)、魔力や天界のサポートを使って、次々と困難をクリアしていく。邪魔をするチョトン叔父など、ライバルにも事欠かず、鬼退治に魔物退治に、それはもうてんこ盛りだ。少年漫画でもこんなあこぎな展開はないだろうというご都合主義で、大敵を倒すごとにキレイなお姫様を娶っていく(最終的に7人のお妃を得る!)。

 くさしながら読んでいたのだが、途中でハタと気がついた。私たち日本人は現実的であることを強いられ、狭い国土でせせこましく生きている。だがモンゴル人は? 彼らにはむしろ“夢”が生きる糧であったのではないか。これぐらい壮大な話じゃないと、大草原では心にも残らない。そう思ったら、ゲセルが急に愛おしく思えてきた。

 

本を読む

『ゲセル・ハーン物語 モンゴル英雄叙事詩』(若松寛訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
時代 ・ 舞台モンゴル(18世紀に完成)
読後に一言多少の荒唐無稽さに目をつぶれば、魔法の飛び出すファンタジー系少年漫画、という感じ。
効用草原を疾走する馬をイメージしながら読んでください。物語に引き込まれます。
印象深い一節

名言
孔雀は尾を誇り、好漢は名を誇る
類書モンゴル三大古典文学の代表格『モンゴル秘史 チンギス・カン物語(全3巻)』(東洋文庫163、209、294)
これも三大古典文学のひとつ『ジャンガル』(東洋文庫591)
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