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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 105

『明治大正史世相篇』(柳田国男著、益田勝実解説)

2012/07/19
アイコン画像    柳田国男は“ブーム”分析の達人?!
柳田にならう時代の変化の捉え方

 何年も経ってから「あの時が潮の境目だったんだ」と思う事はあっても(それも稀だが)、渦中にいるときにそれを感じる事は難しい(自分が潮目を変えたと得々としている政治家は、なおさらわからないだろう)。


 〈この世相の渦巻の全き姿を知るといふことは、同じ流に浮ぶ者にとつて、さう簡単なる努力では無かつたのである。鴨の長明とか吉田兼好とかいふ世捨人は、確に自分ばかりは達観することが出来たやうであるが、まだその方法を教へては置かなかつた。我々は新たに之を学ぶべき必要を感ずるのである〉


 〈日本民俗学の創始者〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)である柳田国男の『明治大正史世相篇』の冒頭の一節だ。

 柳田国男でも難しいと言うのだから、私たちは言わずもがな。では柳田国男はどうやって世相の渦巻きや時代の変化を読み取ろうとしたのか。柳田は身近なものに観察の目を向けた。例えば「衣食住」。


 〈如何に平凡であらうとも衣食住は大事実である。各人の興味と関心は既に集注し、又十分なる予備知識は行き渡つて居る。改めて之を歴史として考へて見ることは、社会の為であつて同時に又自分の入用である〉


 実際、柳田の注目するものは、ファッション誌や『DIME』が取り上げるようなものである。流行の色や外食について語り、住まい情報も網羅。章立ても斬新で、「酒」「恋愛技術の消長」といった具合。例えば「牛鍋」のくだり。柳田は、今までの日本の食事は小皿に取り分けて出されるなど〈窮屈〉だったとし、そこから解き放たれた事が「牛鍋」ブームの根底にあったと分析する。


 〈勝手に鍋の中のものを欲しいだけ取るといふ点に、全く西洋からは学ばなかつた新自由が味ははれたのである。給仕の方法なども、此際を以て一変したやうである〉


 こうした柳田流の流行分析に、なぜか新しさを感じてしまうのは、きっと私だけではあるまい。

 柳田には、自分が生きてきた時代への自負があった。


 〈明治大正の後世に誇つてもよいことは、是ほど沢山の煩雑なる問題を提供して置きながら、まだ一つでも取返しの付かぬ程度にまで、突詰めてしまはずに残してあつた点である〉


 流行は細かく分析するが、大きな流れに関してはあえて突き詰めずに議論の余地を残す。なるほど、これが世相の渦巻の中で生きる“智恵”なのだろう。

本を読む

『明治大正史世相篇』(柳田国男著、益田勝実解説)
今週のカルテ
ジャンル民俗学/産業
時代 ・ 舞台明治・大正期の日本(1930年刊行)
読後に一言明治大正の世相は現代と相通ずるところも多く、柳田の分析には、いちいち唸ってしまいました。
効用「情報」に対する新しい見方(踊らされない態度)を必ずや獲得できるでしょう。
印象深い一節

名言
我々の考へて見た幾つかの世相は、人を不幸にする原因の社会に在ることを教へた。(生活改善の目標)
類書柳田国男とも親交のあったロシア人民俗学者の論文集『月と不死』(東洋文庫185 )
柳田国男との交流も記す随筆『閑板 書国巡礼記』(東洋文庫639 )
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