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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 324

『荊楚歳時記』(宗懍(そうりん) 著、守屋美都雄訳注、布目潮貂「・中村裕一補訂)

2012/08/02
アイコン画像    “お盆”の風習はでっちあげだった!?
中国最古の歳時記から考察する盂蘭盆会

 夏休みとお盆(もっといえば、お盆と終戦記念日)が重なっているのは、なんとも絶妙な案配だと思う。一旦、日常から離れて、過去に思いを馳せる。悪くない習慣だ。

 この「お盆」、正確には「盂蘭盆(うらぼん)」といい、旧暦7月15日(したがって現在は8月15日)を中心に先祖供養を行うという風習だ。では、いったいいつから?

 いやー、驚きましたよ。〈わが国で公に行なわれたのは、推古天皇一四年(六〇六)といわれ、聖武天皇天平五年(七三三)からは宮中恒例の仏事となった〉(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)んだそうな。盂蘭盆を日本に伝えた中国では、6世紀に始まっていたそうだが、その証拠が東洋文庫の1冊に。6世紀に当時の年中行事をまとめた『荊楚(けいそ)歳時記』である(民間本としては最古。日本には奈良時代に伝わる)。すでにこの中の「七月」の章に、〈十五日、盂蘭盆会〉という項目があるのだ。

 いわく、目連(もくれん)という僧が、死んだ母が餓鬼道で苦しんでいるのを知り、仏に問うたところ、「七月十五日に供物を供えて供養せよ」との答え。お盆の由来だ。

 本文では丁寧に、『盂蘭盆経』の中に書かれていることです、とあるので、『盂蘭盆経』を調べてみたら、またまた驚いた。『盂蘭盆経』とは、〈西域(せいいき)地方か中国でつくられた経(いわゆる偽経(ぎきょう))〉(同「ニッポニカ」)と言うのだ!

 つまり、こういうことだ。インドからやってきた仏教に、道教的なテイストを加えて、自分たちの風習に沿うような「盂蘭盆会」をでっちあげたというわけだ。しかも根拠となるお経まで作ってしまう用意周到さで! 事実、〈南方仏教、チベット仏教にはこの行事(盂蘭盆会)に相当する儀礼はない〉(同「ニッポニカ」)というのだから、うーむ。日本では室町時代以降、〈戦国時代の死者の激増に対応して、亡魂の祟りを鎮める目的で〉(同「国史大辞典」、「盆」の項)施餓鬼会(せがきえ)が行われるようになり、これと盂蘭盆が結びついた。で、今にいたる。

 今でこそ、『盂蘭盆経』はニセモノだ、と言えるが、これを受容し、先祖供養を伝統化してきたという歴史が、日本にはある。なにせ1000年以上続けているのだ。元はニセモノだろうが、すっかりホンモノになってしまった。だから老若男女、「お盆休み」をとってしまう。

 私は、『盂蘭盆経』を捏造した先人に感謝する。日本に悪くない風習をもたらしてくれたのだから。

本を読む

『荊楚歳時記』(宗懍(そうりん) 著、守屋美都雄訳注、布目潮貂「・中村裕一補訂)
今週のカルテ
ジャンル風俗/民俗学
時代 ・ 舞台6世紀の中国
読後に一言日本の文化が中国からやってきたことがよくわかりました。
効用季節や行事に対する感度が、一段も二段もアップします。
印象深い一節

名言
其れ辞を属(つづ)れば則(すなわ)ち已(すで)に洽(あまね)し、其れ事を比すれば則ちいまだ弘(ひろ)からず(序)
類書日本のお盆習慣を記す『東京年中行事(全2巻)』(東洋文庫106、121)
中国・清代の盆習慣を記す『燕京歳時記 北京年中行事記』(東洋文庫83)
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