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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 690

『パサイ王国物語 最古のマレー歴史文学』(野村亨訳注)

2012/10/25
アイコン画像    “竹”からアジアが見えてくる!?
インドネシア・スマトラ島最古の物語。

 〈王は、その大竹の株の真ん中に、人間の体ほどもある、大きな竹の子があるのを発見された。王が、その大竹をガドゥバン(山刀)で切り倒そうとすると、竹のなかから、とても美しい顔立ちをした女の子がひとり出てきた〉


 これ、何かと言いますと、13世紀から16世紀の間に東南アジア最初のイスラム国家として繁栄したと言われる、スマトラ島(インドネシア)にあったサムドラ・パサイ王国に伝わる、『パサイ王国物語』の一説。そう、まるで「かぐや姫」のようである。

 かぐや姫(竹取物語)の成立は、〈九世紀後半から十世紀前半にかけての成立〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)と言われているので、『パサイ王国物語』のほうがあと。日本の話が伝わったというよりは、中国・四川省にも似たような話が伝わるので、「竹」に対する共通の感覚が、アジアにあったというべきだろう。

 日本では、〈成長が速く生命力が強いため、霊力をもったものとして、松竹、松竹梅などと並称されて、古くから賞玩された〉(同「ニッポニカ」)が、それはアジアも同じ。歴史的にも、〈東洋諸国にはタケの種類と量が豊富で、材料が入手しやすいことと加工が容易なため、建築材、家庭用具、農具、漁具、楽器、玩具、茶道具、華道具など、あらゆる方面に利用され〉(同前)てきた。そもそも、英語のbambooも、独語も仏語も、〈いずれもマレー語のbambuから転訛したもの〉(同前)というのだから、まさに「竹」はアジアを代表する植物と言っていい。『パサイ王国物語』に話を戻そう。この物語は、冒頭で次のように語られる。


 〈そもそも、パサイの地で、初めてイスラム教に帰依した王の物語は次のようなものである〉


 で、その一発目の話として、かぐや姫とも言うべき「大竹姫の誕生」が語られるのである。〈成長が速く生命力が強い〉竹は、イスラム国家サムドラ・パサイ王国の栄えある歴史と重ね合わされたのだろう。

 実際、この姫を授かってから、王国は急速に発展する。


 〈それ(姫を授かって)から後、この国はすべての民衆の協力によって開拓され、濠にかこまれたお城や、謁見の間をもつ宮殿がつくられた。そして、兄王はこの国に君臨して、すべての文官や武士たちや、その他の人々を宮殿に招いて、いっしょにおおいに飲み食いして、楽しみの限りを尽くされたのである〉


 アジアは「竹」で繋がっている、ということか。

本を読む

『パサイ王国物語 最古のマレー歴史文学』(野村亨訳注)
今週のカルテ
ジャンル説話/歴史
時代 ・ 舞台1300年代のインドネシア
読後に一言同じ「物語」を語ることで、ひとつの共同体ができるのですね。
効用冒険譚あり、ファンタジーあり。物語としても楽しめます。
印象深い一節

名言
本書を読んだり、あるいは朗読されるのを聞いたすべての人々に神の平安あれ!(「マジャバイトの敗北」)
類書14世紀にパサイを訪れたイスラムの旅行家の『大旅行記(全8巻)』(東洋文庫601ほか)
中国西南山地に住む少数民族の説話集『苗族民話集』(東洋文庫260)
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