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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 40

『夢の七十余年 西原亀三自伝』(北村敬直編)

2012/11/22
アイコン画像    歴史的事件「西原借款」の当人が振り返る、
明治から戦前までの激動の記録。

 「自伝」というのはアヤシイと相場が決まっているが、それにしてもこの本は、判断の付きかねる本だ(その分、面白いのだけれど……)。西原亀三は、〈明治―昭和時代の実業家〉で、〈寺内(正毅)内閣の中国政策に関与〉(ジャパンナレッジ「日本人名大辞典」)した、言うなれば政界のフィクサーだ。で、関与の中身はというと、有名な「西原借款」だ。時の中国政府に、1億4500万円の巨額の資金を貸し付け(これに兵器代借款3200万円を加える場合もある)、大半を焦げ付かせたといういわく付きだ。大正時代は、1円が今の1万円相当だから、今ならば1兆5000億円弱のお金を渡したことになる。

 一民間人が、寺内首相の私設秘書になり、国のお金を中国に貸し、大半が回収不能になったのだから、これは大事件であった。当然、政界からも世論からも叩かれたが、この男、それぐらいでビクともしない。なぜか。自分の中に1本、筋が通ってるんですな。だから自伝でも、自説をとうとうとまくし立てる。で、それがすこぶる面白い。中でも感心したのは、選挙のくだり。


 〈わたしが議会政治を浄化して真の憲政を行なうために、多年抱いて歴代内閣に勧めていた選挙改正案は、勿論この内閣にも勧めた。田中(義一)首相はもとからこれに賛成していたのであるが、例の党人連中がテンデ問題にしようともしない。解散後の総選挙のあとで、わたしが田中首相に「どうだ、こんどの選挙になんぼいった。大きいのが一箱(一千万円を意味す)いったか」と尋ねたら正直な田中氏は、「うんにや、もっとよけい要った」〉


 西原亀三はそれ見たことか、と批判の手を強める。


 〈議員たちは皆金の力で議員になったので、金がなければ議員にはなれぬ。なった議員は解散を蛇蝎のごとく恐れる。こんなことで真の憲政の行なわれよう道理はなく、これが今以て改まっていないのは困ったことである〉


 この人物が信頼に足るのは、一生涯を裏方に徹したからである。だから政治家に諌言できる。自伝には、自己礼賛の部分も見受けられるが、それを差し引いても、氏の見方は、今なお、有効である。しかし、選挙を恐れるのはいつの時代も同じなようで……。

 そうそう、そもそもなぜ多額の借款を中国にしたかというと、隣国の大国と仲良くしたほうがいいという単純な発想だったらしい。で、戦後にひと言、こう、くさした。


 〈日本今日の悲劇は仲よくすべき中国と喧嘩してしまった当然の報いである〉


本を読む

『夢の七十余年 西原亀三自伝』(北村敬直編)
今週のカルテ
ジャンル伝記/政治・経済
時代 ・ 舞台明治から戦前までの日本
読後に一言アヤシイ人物ではありますが、国を憂えた「国士」のひとりでしょう。
効用維新から戦争まで、どのように突き進んだのか。そのあたりがよくわかります。
印象深い一節

名言
(広田弘毅内閣総辞職の後、宇垣一成内閣成立を画策したが成らず、)憲政を守る最後の防波堤も、軍部横暴の狂瀾、国内ファッショの怒濤のためにあえなくついえさってしまった。後に来るものは軍閥独裁の無軌道政治と国を挙げての軍国主義化である。(浪人生活二十年(そのニ))
類書明治の政治家の自伝『桂太郎自伝』(東洋文庫563)
同時期を生きた婦人運動家・山川菊栄の母と自身の記録『おんな二代の記』(東洋文庫203)
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