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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 669

『千夜一夜物語と中東文化 前嶋信次著作選1』(前嶋信次著、杉田英明編)

2013/02/21
アイコン画像    ミッションを見つけた人間ならではの面白さ。
『アラビアン・ナイト』翻訳者の名評論。

 前回、『前嶋信次著作選2』を取り上げたが、私にとってはひとつの“発見”であった。純粋に前嶋信次が面白いのである。なぜか。文章のリズムの良さもあるが、何より、自分があまりよく知らないイスラムの世界が垣間見えることが楽しいのである。これぞ読書!

 というわけで、順序は逆になるが、著作選1の『千夜一夜物語と中東文化』を取り上げたい。著者は1960年、シカゴ大学博物館で、〈古色をおびた不思議な厚ぼったい古文書〉を目にする。〈これこそ現存する最古(9世紀初期)のアラビアン=ナイトの稿本であることがわかった〉。著者は、〈はるばると太平洋の北よりを二週間も船で旅してここまできたかいがあった〉と、以後、『アラビアン・ナイト』(東洋文庫所収)の研究に没入するのである。

 おそらく、人の幸不幸は、何を為したかということよりも、為すことを見つけたかどうかにかかっている。為すこと、つまりミッションだ。著者は『アラビアン・ナイト』の翻訳&研究というミッションを、得たのである。

 だからであろう。著者の筆は常に生き生きしている。


 〈イスラム世界を旅してみて誰でも心をうたれるのは、都市や村落の定住民と、荒野に水草を追って暮らす遊牧民との、きわだった相違であろう。荒野は海のごとく、部落や都市のあるオアシスはあたかも、その上に浮いた島嶼(とうしょ)にも似ている〉


 なんて目に浮かぶようだ。こうした著者の思いがリズムの良さとなり、さらには読者を惹き付ける面白さとなっているのである。では、著者が心血を注いだ『アラビアン・ナイト』とは? 著者いわく、


 〈アラビアン・ナイト(原名はアルフ・ライラ・ワ・ライラすなわち千夜一夜)という大説話集は中世アラブ世界の縮図であり、至妙な構成をもつ博物館のようなものであるというのが、私の所見である。当時の風俗・言語・歴史・社会制度などがそのままに保存されてある〉


 こうなったら、『アラビアン・ナイト』を読んでみないことには始まらない。だが、本編18巻+別巻1巻の計19冊の大著である。この欄1回で片づけるには失礼だし、1巻ずつやっても冗長だ。……ウム。勝手ながら、ひと月に1回、3巻ずつ紹介していくということにした。これならば半年で片が付く。というわけで、次回は『アラビアン・ナイト』1~3巻。これからしばし千夜一夜の世界(新たなミッション)にお付き合いいただきたい。

本を読む

『千夜一夜物語と中東文化 前嶋信次著作選1』(前嶋信次著、杉田英明編)
今週のカルテ
ジャンル評論/歴史
発表時期1958~1984年
読後に一言『シンドバッドの冒険』や『アリババ』など、異国の物語に憧れたあの頃の気持ちが、甦りました。
効用イスラム世界の「負」ではなく、「正」の側面が見えてきます。
印象深い一節

名言
この書(『アラビアン・ナイト』)は学識高い一部のエリートたちの頭脳から生れたものではなく、長年月かかってアラブの民衆の間から生れ出たもの、いな湧き出たものというのが適切のように思われる。(「アラビアン・ナイトの世界」)
類書著者訳のアラビア語文学の傑作『アラビアン・ナイト(18巻+別巻1)』(東洋文庫71ほか)
ニ大世界の交渉史『イスラムとヨーロッパ 前嶋信次著作選2』(東洋文庫673)
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