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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 254

『増訂 工芸志料』(黒川真頼著、前田泰次校注)

2013/03/14
アイコン画像    産業力強化で国を強くする?
明治初期に書かれた産業の通史

 仕事のBGM代わりに国会中継を流しているのだが、総理が答弁で「我が国産業の競争力強化……」と口にしているのが耳についた。気になって調べてみると、「産業競争力強化法」(仮称)も制定する方針だというから、これが今の内閣のウリのひとつなのだろう。

 「産業の競争力」を高めんとする意図で、明治11(1878)年に「産業」の歴史を振り返ろうとした著書がある。『増訂 工芸志料』である。近代化以前の日本なので、産業といっても「工芸」が主なのだが、その「序」を読むと、言わんとしていることは今の内閣と同じだ。


 〈工芸を勧め励まして国の用に利し、貨財を殖(ふや)すは、国を治める者の宜(よろ)しく尤も急とすべき所なり〉


 工芸を盛んにするのは、その後に続く目的のためだ。


 〈富国強兵之計は実にここに基づき、其の事の鄭重(ていちょう)なる、以って知る可し〉


 産業(工芸)を盛んにし、他国に勝利する。それが富国強兵だと言うならその通りなのだろう。そしてこの理屈は、明治以来、現在も変わらぬのだ。だが、勝者がいれば敗者もいる。どこぞの通貨が安くなれば、一方が高くなる。アマノジャクの私には、「我が国産業の競争力強化……」というフレーズは、「自分さえ良ければそれでいい」という手前勝手な理屈に聞こえてくるのだが……。

 本書に戻ろう。本書では、焼き物や塗り物、織工、木工、石工などの諸工芸の歴史を振り返る。


 〈絹は太古よりあり、棚機姫命(たなはたひめのみこと)能(よ)く之を織る〉(絹)


 〈石を彫(えり)て諸物象を造ることは、太古にありや否や、未だこれを詳(つまびらか)にせず〉(石像)


 このあと、さまざまな資料が開陳され(資料性も高い)、読者はその博覧強記に唸らされるのだが、著者の強調するのは、〈太古よりあり〉というくだりだ。「どうだ、すごいだろ!」と胸を張っているのだ。西洋文明の波に対し、「我が国は負けぬ」、という気概すら感じる。

 いつの時代でも、「強い国」と言い出した途端に、「お国自慢」をせねば、という強迫観念に囚われるということか。誇りを持つのは悪いことではないが、行き過ぎれば、他者を蔑み、傲慢にもなる。

 明治維新は結果として他国侵略へと突き進んだ。さて現代の産業力強化の行く末は? 取り戻すべきはプライドではなく、謙虚さなのかもしれませんね。

本を読む

『増訂 工芸志料』(黒川真頼著、前田泰次校注)
今週のカルテ
ジャンル産業・技術/歴史
時代 ・ 舞台太古より明治初年の日本
読後に一言誇りと奢り、似て非なるモノなんですねぇ。本書に奢りを見出してしまうのは、本書が奢っているのではなく、自分の中に奢りがあるからこそ、そう感じてしまうのでしょう。反省。
効用焼き物や塗り物の歴史など、詳細を究めます。「伝統工芸」ファンにはたまらない一冊です。
印象深い一節

名言
本邦諸工芸の起こるや多く太古に在り。織工、石工、陶工、木工、革工、金工、角工則ち是なり(工芸志料 序)
類書日本の産業と物産のすべてを太古より記さんとする『大日本産業事蹟(全2巻)』(東洋文庫473、478)
中国・明代の産業技術資料『天工開物』(東洋文庫130)
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