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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 133

『日本疾病史』(富士川游著、松田道雄解説)

2013/07/11
アイコン画像    日本の歴史は病気が動かしていた!?
疫病との闘いを網羅する大著

 先日、ある医師から「医学の進歩で、死病がなくなりつつある」と聞いて、驚きつつ同時にそうかと合点した。確かにエイズも結核も、今や死にいたる病ではない。現代では山口百恵の赤いシリーズも成立しないのだ。

 では、近代以前は? 大作『日本疾病史』によれば、日本の歴史は疫病との闘いの日々だ。本書では、痘瘡(天然痘)、水痘(水疱瘡)、麻疹(はしか)、風疹、虎列剌(コレラ)、流行性感冒(インフルエンザ)、腸窒扶斯(腸チフス)、赤痢の8つの疫病の“歴史”を詳述する。「療法」も載せていて、〈(葛根湯など)普通感冒の治方を用うるを例とせるにて、治療の方針は、発汗して病毒を排除することを主とし……〉(流行性感冒)といった具合。

 中でも、著者の労力に敬意を払うのは、疫病それぞれに付けられた「年表」だ。例えば、最近、流行している「風疹」の項。


 〈鎌倉時代以後の記録に、三日病と名づけられたる病の流行、時々これあり。年次に従いて鈔録(しょうろく)すれば左の如し〉


 との前振りから、史書や日記の中の風疹の記述を列記していくのだ。つまりこれによって、一体いつ流行したのか、それを庶民はどう受け止めたのか、社会にどんな影響を与えたのか、ということが、浮かび上がってくるというわけ。日本の歴史は疫病との闘いの日々だ、といったのは、そういうことである。

 インド→ジャワ→中国南部→日本というルートで江戸時代に入ってきたと推定されるコレラの時はもっと大変で、原因がわからないから、〈妖怪変化の所為〉と騒いだり、ウナギやソバを食べたせいだと言ってみたり、梅干しが効くと煽ったり。それはそれは大騒動である。

 表の歴史では、時の政権の施策や、戦争ばかりが記述されるが、病気の流行で社会が変わった、ということは、想像以上に多かったのだ。著者はいわく、


 〈疫病の発生は、社会状態の変動に関渉し、国家の政治、経済、及び倫理に影響あること鮮少にあらず〉


 鮮少にあらず……つまり非常に多かった、ということだ。歴史は、日常の中にあるのだ。

 突然、病気の本なんぞを紐解きたくなったのは、先日、突如、尿路結石になったから。病院に駆け込むと、医師いわく「七転八倒ってこういうことなんですよ」だって。現代社会では、こんなもの、病気のうちに入らないのだ。いい時代を生きている、と思うべきなのだろう。

本を読む

『日本疾病史』(富士川游著、松田道雄解説)
今週のカルテ
ジャンル科学・技術/歴史
刊行年1912年
読後に一言死病がなくなったからこそ、必要以上に死を恐れる時代になってしまったのかもしれません。
効用各疫病の「年表」だけでも読む価値あり。新しい歴史が見えてきます。
印象深い一節

名言
疫病と文化と、この如く、相交渉して、密邇の関係あることは、更に歴史上の事実に依りて、証明せらるべし。
類書本書著者の大著『日本医学史綱要(全2巻)』(東洋文庫258 、262)
幕末・明治期の2人の医師の自伝『松本順自伝・長与専斎自伝』(東洋文庫386)
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