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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 269

『羅生門の鬼』(島津久基著、市古貞次解説)

2013/10/31
アイコン画像    桃太郎×鎮西八郎為朝とは?
比較説話学による日本伝説の考察

 ジャパンナレッジに「新版 日本架空伝承人名事典」がラインナップされたと知って、収録人名一覧をつらつら眺めてみました。いいですな、このラインナップ。赤胴鈴之助に明智小五郎、サザエさんはもちろん、落語の住人の熊さん・八っつぁんもある。その中に個人的に懐かしい名前を見つけた。源為朝――鎮西八郎為朝である。

 小学生の頃、買い物依存症気味の父親が、突然、『少年少女世界の名作文学(全50巻)』(小学館)の購入を決めた。本好き少年の取る行動はひとつ。面白そうな話の拾い読み。バルザックもトゥエインもルブランも、「水滸伝」も「西遊記」も、思えば全部ここがスタートだった。その中でも大のお気に入りが「椿説弓張月」。滝沢馬琴の代表作とも知らずに、ただ主人公の為朝がカッコいい、という単純な理由で繰り返し読んだ。


 歴史的にいうと、為朝はこんな人物だ。


 〈豪放な性格で、弓術に長じた。13歳の時九州へ追われ鎮西八郎と称し、九州を略取。保元の乱で父とともに崇徳上皇方となり、敗れて伊豆大島に流された〉

(「デジタル大辞泉」)


 「新版 日本架空伝承人名事典」が面白いのは、史実の他に伝承を載せるところだ。八丈島の近くに「鬼が島」を見つける話が紹介されている。そう、あの桃太郎の、だ。

 東洋文庫収録の比較文化論『羅生門の鬼』に、面白い記述を見つけた。昔話「桃太郎」の成立に関して。


 〈桃太郎の童話は、恐らく世界大播布の遊離説話の一──英雄(主に建国英雄)出生説話の一種型──に、為朝鬼ケ島渡りの武勇伝説(ヘルデンザーゲ)(これは巡島説話でもあるが)が結びつき、更にそれに寓話的要素を含んだ禽獣説話(テイルザーゲ)が付帯して来たものであると思われる〉


 ようは、「桃太郎」が先なのではなく、中国などの影響を受けた出生説話と為朝伝説が結びつき、桃太郎の鬼退治となった、というわけだ。私が小さい頃のヒーロー・為朝はこんな形で影響を与えていたなんて、何だか嬉しくなってしまった。何年か前、実際に伊豆大島に足を運んだ。為朝の館跡に立つホテルに泊まり、大島でも愛され続けるヒーローに思いを馳せた。実際は、自害して果てたのだけれど、琉球に渡って生き延びたという伝説が残るのも、愛されていた証拠だ。

 為朝が大島に流されたのは、今から約850年前の秋。為朝も大島の今を悲しんでいるに違いない。

本を読む

『羅生門の鬼』(島津久基著、市古貞次解説)
今週のカルテ
ジャンル評論
舞台日本(書かれたのは1917年~1928年)
読後に一言桃太郎を論じるのに、モーゼまで登場したのには驚きました。
効用義経伝説や浦島太郎など、縦横無尽に「日本の伝説」を論じます。その博覧強記ぶりに感心させられます。
印象深い一節

名言
桃太郎はどうも日本人だけの専有物では無いらしい。(「桃太郎と竹王と朴氏」)
類書桃太郎も論じる『増訂 日本神話伝説の研究2』(東洋文庫253)
本書にも登場『義経記(全2巻)』(東洋文庫114、125)
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