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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 171|172|179

『日本その日その日(全3巻)』(E.S.モース著、石川欣一訳)

2013/12/05
アイコン画像    “他者から学び取る”という力
モースが日本にのこしたもの【後編】

 大森貝塚の発見者として有名な、科学者モースの日本滞在記とでもいうべきエッセイ『日本その日その日』を何の気なしに読んでいると、ついつい顔が緩んでしまう。

 米国人のモースは、非常に中立的な立場で物を見ており、自分たちと違う習慣でも、良いと思えば手放しで賞賛する。例えば箸。


 〈箸の使用法を覚え込んだ私は、それを、およそ人間が思いついた最も簡単で且つ経済的な仕掛けとして、全世界に吹聴する〉


 こんなこと言われて、喜ばない日本人はいませんよね? パッと目につくところを拾ってみよう。


 〈人々が正直である国にいることは実に気持がよい〉


 〈日本人は決して疳癪を起さないから、語勢を強める為に使用する間投詞を必要としない。「神かけて云々」というような起請(オース)はこの国には無い〉


 〈人はみな自然的に、且つ愛らしく丁寧であり、万一誤ってぶつかることがあると、低くお辞儀をして、礼儀正しく「ゴメンナサイ」といって謝意を表す〉


 〈いろいろな事柄の中で外国人の筆者達が一人残らず一致する事がある。それは日本が子供達の天国だということである〉


 モースが目の前にいたら、思わず「ありがとう!」と手を握りたいところである。が、最後まで読み進め、私は自分の立ち位置を間違えていたことに気づいた。

 そこには、こう書いてあった。


 〈私は我々が日本の生活から学ぶ可きところの多いことと、我々が我々の弱点のあるものを、正直にいった方が、我々のためになることを信じている〉


 当たり前のことだが、これは母国アメリカに向けて書かれている。つまり、自分たちの劣る点を素直に認め、他国の良い点を学ぼう、と言っているのだ。それを読んだ日本人がニヤニヤするのはちゃんちゃらおかしいのだ。

 「日本を取り戻そう」という訳のわからぬキャッチフレーズがウケたり、「日本人は素晴らしい!」なんて絶賛する日本人の書いた本が売れたり、五輪に選ばれたなんて手放しで喜んだり……こうしたことと、モースのエッセイを読んでニヤつくのとは同根だ。あ~あ。

 今必要なのは、日本人としての誇りを取り戻すことではない。きっと謙虚に他者(他国)から学ぶことなんだろう。そう、かつてのモースのように。

本を読む

『日本その日その日(全3巻)』(E.S.モース著、石川欣一訳)
今週のカルテ
ジャンル随筆/科学
時代 ・ 舞台明治時代(1877~1883年)の日本
読後に一言本質は細部に宿る、ということですかねぇ。観察眼こそ、モースの真骨頂です。
効用東京だけでなく、蝦夷や九州、瀬戸内や日光など、モースは各地に脚を伸ばしています。当時の風俗のわかる資料としても価値あり。
印象深い一節

名言
人々は皆深切でニコニコしているが、これが十年前だったら、私は襲撃されたかも知れぬのである。(「大学の教授職と江ノ島の実験所」)
類書英国人サトウの明治の日本滞在日記『日本旅行日記(全2巻)』(東洋文庫544、550)
明治の日本を旅したイサベラ・バードの紀行『日本奥地紀行』(東洋文庫240)
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