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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 424

『新猿楽記』(藤原明衡著、川口久雄訳注)

2014/06/19
アイコン画像    ワールドカップ以上の盛り上がり!?
猿楽の宴に集う一家の人間模様とは

 テレビ、パソコン、スマホ……。私たちが「見る」世界が小さくなってきたとシミジミ思う。わずか4インチ程度の画面の中に、「世界」を見ているのだから。しかしかつては、街そのものが劇場と化していた時代があった。

 『新猿楽記』を紐解こう。時代は平安末、舞台は京の街。鼓笛に舞、奇術に人形遣い、現代でいうジャグリング……とさまざまな芸が繰り広げられ、〈今夜ノ見物バカリノ事ハ、古今ニオキテ未ダ有ラズ〉という空前の猿楽であった。観客たちは大いに笑い、騒いだ。興行終了後は、興奮した観客の中に裸になる者あり、犬のように四つん這いになって帰宅する者もあり、それを笑い囃し立てる人あり、という大騒ぎの一夜だったという。平安末期に記された『新猿楽記』の「序」に、こうした猿楽の模様が描写されているのだが、街そのものが人と一体となっている。この熱気、W杯をも凌駕する?

 ちなみに「猿楽」とは、〈平安時代から鎌倉時代にかけて演ぜられた滑稽解頤(かいい/大笑いすること)の雑芸〉で、『新猿楽記』の記述の通り、〈寸劇、物まね、秀句、歌舞、曲芸など広範な芸を包含していた〉(ジャパンナレッジ「新版 能・狂言事典」)そうだ。やがてこれが、能や狂言へと高められていく。

 『新猿楽記』というテキストの主題は、実は「猿楽」ではない。猿楽の宴にやってきた右衞門尉の一家(3人の妻、16人の娘orその夫、9人の息子)の人物評なのである。職業紹介といった体裁で、博打打ち、尼、大工、陰陽師、医者、遊女、農民、商人……とその生活や仕事ぶり、性格を描写する。解説に、〈王朝斜陽期の京の庶民生活をうつし出す万華鏡〉とあるが、なるほどここには、人々の暮らしが見て取れる。

 中でも面白いのは、数人への“悪口”である。例えば本妻(右衞門尉が金目当てで結婚した20以上年上の女房)。60を過ぎているのに夫との交合を欲して祈祷三昧、嫉妬に狂って、〈生キナガラ大毒蛇ノ身ト作(ナ)レリ〉というから凄まじい。極めつけは14番目の娘の夫。〈不調白物(フデウシレモノ/不調法なバカ)〉と切って捨てる。やることといえば、自慢と他人非難。ではなぜ娘が嫁いだかといえば……。


 〈但シ一ツノ(トリエ)有リ。謂ク、(マラ)太クシテ……〉


 おっと、これ以上は書けません(ジャパンナレッジで実物をお読みください)。何せ平安末期の末法の世ですからねぇ。色欲もまた、生活の中心なのでした。

本を読む

『新猿楽記』(藤原明衡著、川口久雄訳注)
今週のカルテ
ジャンル随筆/風俗
時代 ・ 舞台平安時代末期の日本
読後に一言“褒め言葉”も興味深く、例えば3人目の18歳の妻。可愛らしく素敵な女性で、〈怒レル面モコレニ会ヘバ自ヅカラ和ギヌ〉(いくら怒っていても会うと怒りを忘れる)と持ち上げる。この時代の男性の好みのタイプがよくわかりました。
効用解説にいわく、〈日本における「町」の源流のすがた〉がある、と。この時代を生きる人々がいきいきと描かれています。
印象深い一節

名言
先ヅ其ノ形ヲ見ルニ、一端ノ腸ヲ断ツ((猿楽の)その恰好をみただけで人々は腸をよじって笑いこける)(「序」)
類書平安時代の仏教説話集『三宝絵』(東洋文庫513)
平安時代成立の仏教&世俗説話『今昔物語集(全10巻)』(東洋文庫80ほか)
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