週刊東洋文庫トップへのリンク 週刊東洋文庫トップへのリンク

1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 281|286

『漢字の世界1、2 中国文化の原点』(白川静)

2010/10/28
アイコン画像    生誕100周年だからこそぜひ読みたい、
「白川漢字学」の集大成。

 私はこの書物の最後に、こう記してあるのを発見して……恥ずかしい話だが、何だか涙が出てきた。


〈古代の人々の生活と、その民俗的な諸事実を、限りなく発掘する〉


 本書は、金文や甲骨文、中国や日本の文献資料を収集し、「漢字」の成り立ちを探究した本である。〈古代から現代に至るまでを、生きつづけてきた文字〉であり、〈歴史の通路である〉、と漢字を定義する白川静氏にとって、それは自分に課したミッションであった(その成果は、本書であり、ジャパンナレッジに入っている漢和辞典『字通』である)。

 読者からすると、『漢字の世界』を読むという行為は、ピッケルひとつで頂上の見えぬ山に挑むかのごときで、白川漢字学の全貌はようとして知れない(私は何度もはね返された)。決して文章が難解なわけでも、高度な理論を駆使しているわけでもないのだが、扱う「知」が広すぎるのである。

 例えばこんな調子で。


〈古代の文化において、特にその技術についていえば、それはしばしば精神史的な間題であった。一言にしていえば、何らかの信仰がその技術をよび、それを支えているのである。非科学的なものが、むしろそのすぐれた技術の背後にあって、技術への媒介者となっている。そのように解しなくては、この孤立的な技術の高さと、孤高に近い成就の秘密を解くことができない。(中略)そしてそれを支えた精神的な基盤の衰落とともに、技術もまた滅びるのである〉


 やや長い引用となったが、これでもわかりやすい部分である。そしてこの短い文章の中に、文明論ともいうべき含蓄と分析とがある。いったい読んでいる間、何度、「なるほど!」と感嘆したことだろう。

 氏のこうした作業が、並大抵のものではないことは、私にもわかる。だからこそ、白川静氏のスタンスが、非常に気になった。と、ここで前段の引用文に戻る。氏は、はっきりとスタンスを明記していた。


〈限りなく発掘する〉


 漢字という膨大な遺物を、氏はひとりで発掘していたのだ! ただひたすら、愚直に、信じた場所を掘り続けたのだ。この「愚直さ」――現代に見られなくなった姿勢に、私は強く揺さぶられるのである。

 10月30日は、氏の命日である。

本を読む

『漢字の世界1、2 中国文化の原点』(白川静)
今週のカルテ
ジャンル漢字学/歴史
時代 ・ 舞台古代中国
読後に一言これを偉業と呼ばず、何と呼ぼう。
効用自分の「日本語」に対する姿勢が、一変します。日本語を使用する人すべてが、一度は目を通すべきでは?
印象深い一節

名言
古代文字の世界を回復することは、その時代と生活、その生活を支えた思惟の世界を、回復することである。
類書白川静漢字学の成果『金文の世界』(東洋文庫184)、
『甲骨文の世界』(東洋文庫204)
ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1700冊以上(総額750万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る