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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 106|121

『東京年中行事(全2巻)』(若月紫蘭著、朝倉治彦校注)

2014/12/25
アイコン画像    一年の総まとめは大晦日にあり
明治時代の大晦日の喧噪とは?

 まずはこちらの文章をお読みください。


 〈十二月に入ると、今まで小春日和の暖かかった天気は、何となくどんよりとした寒そうな天気に変って、空っ風がぶうぶうとやたらに吹き出して、東京はまたしてもそろそろと塵の都にかえる〉(「歳暮の東京」)


 新聞「万朝報(よろずちょうほう)」記者の若月紫蘭による『東京年中行事』の一文である。解説によると本書は、「万朝報」社会面の記事をまとめたものらしい。その名の通り、「東京の元日」に始まり、年中行事や祭礼、風物を記した2巻本で、第一級史料とはいえないものの、明治の庶民の生活が垣間見える。何より、この軽妙な書きっぷりが心地好い。もう少し引用を続ける。


 〈大晦日になると、人と云う人の面には、何とはなしに落ちつかぬような影が宿されて、東京の天地はどこもかしこも泥鰌(どじょう)を入れた大盥(たらい)か、蚕を入れた大きな箱のようになって来る。活動か、活動ばかりでもない。喜びか、喜びのみでもない。希望と喜びと活動とのうちまぜられた、落ち着くことの出来ぬ、沸くような動揺と騒騒しさの天地が、ここに現出されるのである〉


 大晦日の都の喧噪を、〈泥鰌を入れた大盥〉や〈蚕を入れた大きな箱〉にたとえるなんて、ユーモアが利いていますな。私たちは泥鰌や蚕のごとく、人々の群れに何か気もそぞろになってくるのである。

 一方で、一年の締めくくりとして、大晦日を捉えている人も多いだろう。


 〈(大晦日の)この夜は除夜とも大年の夜とも呼ばれ、その夜半をもって新年の訪れとするので、特につつしみこもるべきものとされた〉といい、〈盆と同じように、亡き魂を迎えて祀る夜でもあった〉という(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)。


 2014年は、俳優の菅原文太、高倉健、元衆院議長の土井たか子、詩人のまど・みちお……とその時代を代表する人たちが逝った年でもあった。四半世紀前の1989年、昭和天皇が亡くなったのを皮切りに、手塚治虫、美空ひばり、開高健……と巨人たちが逝った衝撃に近いものを感じた。あるいは2014年は時代の転換点なのかもしれない。そんな私の妄想を聞いた妻がポツリ。「嫌な時代の訪れを見る前に死んでしまうのは幸せかもしれない」。

 そんな時代が訪れないことを祈りつつ、今年の大晦日は、亡き魂に静かに思いをめぐらせたい。

本を読む

『東京年中行事(全2巻)』(若月紫蘭著、朝倉治彦校注)
今週のカルテ
ジャンル風俗/ジャーナリズム
時代 ・ 舞台明治末期の日本
読後に一言著者いわく、〈十九世紀の世はまだそうでもなかったが、二十世紀になって、この方、世は殊のほかにせち辛くなった〉(「東京電車八景」)。21世紀はさらにせち辛いです……。
効用寺社仏閣情報に祭のはなし。本書を参考にしつつ、東京の町を散策するのもいいかもしれません。
印象深い一節

名言
東京の元日は平生(へいぜい)の活動が激しいだけに、ことの外きわだって静かである。もし理想郷というものが実現されうるものとすれば、元日の東京はややそれに近いものであろう。(「東京の元日」)
類書江戸末期の絵入り年中行事記『東都歳事記(全3巻)』(東洋文庫159ほか)
明治の庶民の生活史『明治東京逸聞史(全2巻)』(東洋文庫135、142)
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