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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 250|255

『中国の伝統と革命 仁井田陞集(全2巻)』(仁井田陞著、幼方直吉・福島正夫編)

2015/08/20
アイコン画像    中国法制史学者の評論から見えてくる
現代日本の“社会的道徳性の欠如”

 〈公物と思ふ心が既に敵〉


 太平洋戦争中、こんな標語が郵便局に掲げられていたことを、私は『中国の伝統と革命』で初めて知りました。

 本書は、〈中国法制史学の開拓者〉であり、〈中国法制史研究の水準を格段に高めた〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)と評価される、仁井田陞(にいだ・のぼる/1904−1966)の遺稿集です。中国の婚姻法や、法史学から見た中国文学など、視点も切り口も、さすが〈中国法制史学の開拓者〉と唸らせる密度と深さなのです。上記の標語は、森田草平(夏目漱石の弟子)のエッセイを引くかたちで「東洋文化研究の課題と研究方向」で紹介されていました。

 著者は、中国や日本の法史学を考える上で、〈東洋の社会構造〉を無視できない、といいます。共通の問題点が横たわっている、という認識なんですね。

 その象徴がこの標語です。どういうことかと申しますと、日本人は私物だと大切にする。ところが公共物となると粗末にする。著者は、さらに森田草平のエッセイを引用します。


 〈それほど(標語を作るほど)日本人は社会的道徳性の欠如した人間であったのである〉


 著者は、あの丸山真男にこの話をしたところ、〈それは歴史に残る標語〉と言ったそうです。

 最近、中国人観光客のマナーの悪さが話題になります。日本風に言えば、「旅の恥はかきすて」。各局ニュース番組でも、ネタがなくなるとこの手の話題を取り上げます。決まって「中国人はひどい……」というトーンです。

 しかし中国人観光客だけがひどいのでしょうか。私の暮らす三浦は、海水浴客で賑わっていますが、彼らのほとんどは「旅の恥はかきすて」状態。中国人観光客と何ら変わりません。仁井田氏がかつて指摘した、東洋の共通の問題点は、いまなお有効なのです。〈社会的道徳性の欠如〉もまた、今日的問題といえるでしょう。

 新国立競技場建設費がバカ高くなったのだって、元を正せば、文科省の担当が〈公物〉と思ってしまった、ということでしょ? 自分のお金じゃないからドンブリになった、ということです。競技場だけじゃありません。財務省発表の国の借金額は1053兆円(2015年3月末時点)ですよ?

 中国と日本、これに韓国を加えて、三国とも、社会的道徳性なきゆえに揉めている、といえるかもしれません。他人のことよりも、皆、「私」だけが、かわいいのです。



本を読む

『中国の伝統と革命 仁井田陞集(全2巻)』(仁井田陞著、幼方直吉・福島正夫編)
今週のカルテ
ジャンル法律/歴史
発表年 ・ 舞台1937~1966年・東洋
読後に一言著者いわく、〈アジア的専制支配にとって、法をあいまいにして置くことは都合がよいこと〉だそうですが、なるほど現政権の憲法解釈は、まさに〈あいまいにして置くこと〉を狙っているのかもしれません。
効用中国の婚姻を「法」から読み解いていく――この著者の試みは、読み物としてもスリリングです。
印象深い一節

名言
歴史的な法の形態は、それに相応した歴史的な社会構造によって形成せられる。(「東洋法史学の諸問題」)
類書法も含めた中国社会の変遷『中国社会風俗史』(東洋文庫151)
東アジア文明史『東洋における素朴主義の民族と文明主義の社会』(東洋文庫508)
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