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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 696

『呉船録・攬轡録・驂鸞録』(范成大著、小川環樹訳、山本和義・西岡淳解説)

2015/08/27
アイコン画像    これで残暑も吹き飛んでしまう!?
南宋の名紀行文の名表現を味わう

 15年以内に地球は“ミニ氷河期”に突入する――。


 英国人科学者が、太陽活動が60%低下することを理由にした氷河期予測が話題になっています。まだまだ暑さは残りますが、「氷河期」という言葉だけで何だか涼しくなります。

 待てよ、“清涼感のある文章”を読めば、体感温度は下がるのではないか? というしょうもない思いつきで、東洋文庫から宋代紀行文学の白眉と称される、范成大(はんせいだい)の『呉船録(ごせんろく)・攬轡録(らんぴろく)・驂鸞録(さんらんろく)』を持ち出してみました。「呉船録」の一節です。


 〈一葉の小舟に樟さして石門にはいれば両岸の千丈もあろうかと思われる岩壁の色は碧玉けずりなした如く潤いのある光をたたえている。峡谷を十余丈進めば二つの瀑布(たき)がおのおの一つの岩頂から流れ出て相対して飛下する。その根もとには平らな石がこれを受けとめ、激突した水は雨となって峡(たにま)じゅうにしぶきをあびせていて、船がたきの前を通りすぎた時には衣服のこらずぐしょ濡れになった〉


 世界遺産でもある「峨眉山」を訪れた時の記述です。范成大は峨眉・龍門峡に小舟で入っていきます。すると2つの滝が見えてくるんですね。


 〈雨が盛んに降るうえに瀑(たき)のしぶきをあびて濡れそぼち、夏というのに肌に粟を生ずるばかり、骨の髄までふるえおののくようで、そのすさまじさ、とても長くはとどまれそうもない〉


 瀑布のしぶきに、〈夏というのに肌に粟を生ずるばかり〉というのですから、羨ましい限りです。実際、読んでいて少なくとも3℃は体感温度が下がりました。続けて范成大。


 〈天下峡泉の勝景はこの龍門を第一とするのが至当であろう〉


 というのですから、目でも肌でも感じる景勝地だったのでしょう。

 さてこの范成大。ただの詩人ではありません。〈宋への侵攻を計る金へ使者として赴き、相手に屈することなく死を賭して祖国の威信を守りぬき、その使命を果たす〉(ジャパンナレッジ「世界文学大事典」)という国士の人でもありました。単身乗り込み、敵国と交渉する――外交で国の尊厳を守ったのです。武力を持っていなくても、知力があれば、国は守れるんですね。



本を読む

『呉船録・攬轡録・驂鸞録』(范成大著、小川環樹訳、山本和義・西岡淳解説)
今週のカルテ
ジャンル紀行/詩歌
時代・ 舞台1100年代後半の中国・宋
読後に一言中国文学がお好きな方なら、きっと小川環樹氏(兄はノーベル物理学賞の湯川秀樹)の訳した本を読んだことがあるはず。本書も名文です。
効用范成大は、〈尤袤(ゆうぼう)、楊万里(ようばんり)、陸游(りくゆう)らとともに南宋四大家の一人に数えられ〉る詩人です。その詩心をご賞味ください。
印象深い一節

名言
これら諸山の後方がすなわち西域の雪山であって、ふしくれだち削りなしたるごとき数十百峰、朝日に照らされた雪の色は磨きあげた銀のように曙光の中にきらめいている。(「呉船録」)
類書南宋四大家の一人・陸游(りくゆう)の長江船旅日記『入蜀記』(東洋文庫463)
南宋の街や文化を活写『夢粱録 南宋臨安繁昌記(全3巻』(東洋文庫674ほか)
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