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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 663|665|668

『長物志(全3巻)』(文震亨著、荒井健ほか訳注)

2015/10/29
アイコン画像    明代のオタク、ここにアリ!?
「無用の長物」だからこそ愛でる

 一億総活躍担当大臣がいれば、クールジャパン戦略担当の大臣もいる。これってなんかおかしくない? と思うのは私だけでしょうか。だって「活躍しろ!」とお上からせっつかれるんですよ。クールジャパンもそう。個人の趣味嗜好にお上が手を突っ込んで、自分たちの商品とし、それを海外で売り捌(さば)こうというんですから、非常に品がない。いちばん問題なのは、「お上が指図する」というところだと思うのですが、皆さん、どうでしょうか?

 本書『長物志』は小気味のいい書物です。これ、「無用の長物」の「長物」からタイトルをとっているんですね。簡単に言ってしまうと、カルチャーって、生活や金儲け、効率の観点からは「無用」だけど、これって味わうにはセンスがいるよね、とのたまっている本です。わからないやつが、横から口をはさむな、という上から目線の本でもあります。

 本書では、衣食住、書画、家具に道具、花や果物……と12のジャンル(=無用の長物)に対して、愛でる――オタク的鑑賞眼を披露します。例えば、


 〈やたらと今でき(明代)の作品ばかり集め、真だの偽だのと言い立て、真の鑑賞の心がなく、耳学問で目利き、巻軸(かんじく)を手に取り、貴(たか)い賎(やす)いと口にするようなのは、全く邪道である〉


 これ、「書画」(巻五)に対する言い分ですが、オタク歴ン十年のベテランが、オタクに成り立ての人間にチクチク言うような、まあそんなノリです。

 「デジタル大辞泉」(ジャパンナレッジ)で「オタク(御宅)」を引くと、[補説]にこうありました。

 〈特定の分野だけに詳しく、そのほかの知識や社会性に欠ける人物をいうことが多い〉

 話は逸れますが、この補説だと、漫画オタクを自称するA大臣や鉄道&アイドルオタクのI大臣は、〈社会性に欠ける〉ということになってしまいますが……。ともあれ、オタク的知識が会話の糸口になっている今日び、おおいにオタクのほうが、むしろ社会性があるように私は思います。

 本書の著者の文震亨もそうです。特に琴や書にオタク的に熱中しますが、排他的な生活ではありません。同好の士と交わることで、文震亨の評判が高まり、ついには皇帝に召し抱えられたという人物です。

 文震亨、しかし自由なんですね。好きだからやるという潔さがある。文人(知識人)の矜恃と申しますか。いや、これこそ「オタク」なのかもしれません。



本を読む

『長物志(全3巻)』(文震亨著、荒井健ほか訳注)
今週のカルテ
ジャンル風俗/実用
時代 ・ 舞台1600年代前半の中国(明)
読後に一言権威や権力から自由である、というのがオタクの矜恃だと、私は勝手に思っているのですが……。
効用図も豊富で、当時の風俗資料としても重宝です。
印象深い一節

名言
(机や長椅子などの)今様の造りは、むやみにごてごて飾りたてて、俗人の眼を喜ばそうとするばかりで、古い制(かたち)が影をひそめ、実に嘆かわしいかぎりだ。(巻六几榻(きとう))
類書明の文人の思想『明夷待訪録』(東洋文庫20)
明の短編小説集『今古奇観(全5巻)』(東洋文庫34ほか)
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