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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 524

『続日本紀3』(直木孝次郎ほか訳注)

2016/02/25
アイコン画像    怪僧・道鏡は、悪でもエロでもない?
奈良時代に思いを馳せる~その3

 〈道鏡は坐ルとひざが三ツ出来〉(ジャパンナレッジ「新版 日本架空伝承人名事典」)


 戦前、軍部によって「日本三大悪人」と蔑まれたのは、天皇に弓を引いた平将門、足利尊氏、そして称徳天皇の寵を得て権勢を振るった道鏡です。称徳天皇は聖武天皇の娘で、孝謙天皇として即位した後、淳仁天皇を挟んで重祚(じゅうそ)して称徳天皇(本書の中では高野天皇)となった女帝です。その女帝が病に倒れた時に、〈宿曜秘法を修して看病し、病を癒して寵幸を得た〉(同「ニッポニカ」)のが道鏡です。説明が長くなりましたが、この道鏡がなぜ寵愛を得たかというと、それが冒頭の江戸の川柳にうたわれた「巨●伝説」というわけです。

 たしかに、758年から771年までを記した巻二十一から巻三十一を収録する本書『続日本紀3』には、道鏡の記述が多数見られます。


 〈道鏡がいつも宮中にはべって、〔高野天皇から〕特別に寵愛されるようになった〉(764年9月)

 〈法王の道鏡は、西宮の前殿に居り、大臣以下は、〔そこへ行って道鏡にも〕新年の拝賀を行なった〉(769年1月)


 〈西宮の前殿に居り〉とは、称徳天皇と同じ御殿に寝起きしたとも読めます。つまり、夫婦同前だったと『続日本紀』は匂わせているのです。そしてこの記述と同年の769年に、例の宇佐八幡神託事件が起きます。〈道鏡を天位に即(つ)かしめば、天下太平ならん〉(同「ニッポニカ」)というご神託ですね。これをもって後世、〈道鏡の野望〉(同「国史大辞典」)と捉え、「日本三大悪人」の悪名へと繋がっていくのですが、私は甚だ疑問です。

 道鏡はたしかに権力を握りました。しかし彼がやったことは、仏教を手厚く保護し、貴族の力を削ぐということでした。聖武天皇からの仏教擁護の流れです。彼の存在にいちばん困ったのは誰か。貴族――そう藤原氏です。もし、道鏡が本当に天皇位に就こうとして神託を捏造させたなら、罪に問われたのでは? 道鏡は後ろ盾・称徳天皇の死後、〈下野薬師寺別当に左遷され〉(同前)ますが、この時点でも罪に問われたわけではないのです。

 権力を手放したくなかった藤原家が、ニセの神託で道鏡をはめ、その後、ゲスな噂をまいて蹴落とした。と、私には思えるのです。

 大事なことから目を逸らさせるために、ゲスな噂をまく――不倫騒動で騒ぐ現代日本と同じですね。



本を読む

『続日本紀3』(直木孝次郎ほか訳注)
今週のカルテ
ジャンル歴史
時代 ・ 舞台758~771年の日本(797年成立)
読後に一言ニセ神託事件では、神託を虚偽だと言い立てた和気清麻呂に、称徳天皇は腹を立て、〈別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)〉(同「国史大辞典」)という卑しい名を与え、流罪にしてしまいます。私はこちらの出来事のほうを深読みします。
効用歴史書は、「誰の視点で書かれたか」が重要ですが、本書はそのことがよくわかります。
印象深い一節

名言
道鏡は「大神が(宇佐八幡への)使者の派遣を請うのは、多分、私の即位のことについて告げるためであろう」と(和気)清麻呂に語り……(「巻第三十」)
類書平将門の軍記物『将門記(全2巻)』(東洋文庫280、291)
足利尊氏政権の正当性を解く『源威集』(東洋文庫607)
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