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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 470

『科挙史』(宮崎市定著、砺波護解説)

2016/03/10
アイコン画像    貧乏人は「科挙」を受けられなかった!?
貧困と教育の相関関係とは――。

 日本の子供の貧困率が高まっています。貧困率16.3%は過去最悪(2012年。厚生労働省調べ)。6人に1人が貧困だということです。

 少し前から「自己責任」という言葉が頻繁に口端にのぼるようになっていますが、さて子供の貧困は自己責任なのでしょうか。そうではないはずです。日本の場合、さらに問題なのは、「高等教育における私費負担割合はOECD加盟国で最も高い国の一つ」だということです。GDPにおける教育関連の支出割合も加盟国の平均を大幅に下回っています。厚労省は、貧困家庭の子供の高校中退防止策を4月より強化すると発表しましたが、その額はわずか33億円。一方、所得の低い高齢者への3万円配布の総額は3400億円。桁が2つも違います。いったいこの国はどこへ向かっているのでしょうか。

 貧困、教育、格差――。今の日本を悩ませる問題ですが、実はこうした構図は、現代社会に限ったことではありません。そもそも、教育とはお金がかかり、ゆえに貧困層を閉め出すという働きがあるのです。

 東洋史学者の宮崎市定氏による本書『科挙史』には、教育と貧困の問題が書かれています。


 〈科挙は個人の才能を験すといっても、そこに劇烈な競争があればこれに対する準備も要る。この試験準備の便不便が科挙の結果に大なる影響を与える。所詮、科挙はまったくの貧乏人が応ずべきものでなく、試験準備のための経済的余裕ある階級に限って利用さるべきものである〉


 科挙は、〈中国の試験による官吏登用制度〉であり、〈個人にその意志さえあれば,激烈な競争を伴うにしても,国政に参加する機会が与えられ〉、〈しかも科挙の合否はあくまでも個人の能力によって決定され,それ以外のたとえば家格のような要素は考慮されない〉(ともにジャパンナレッジ「世界文学大事典」)と説明されてきました。科挙は先進的な試験制度である、という捉え方が一般的でしょう。しかしその実態は、結局のところ、受験者の大多数を〈経済的余裕ある階級〉が占めたのです。


 〈貧家はいつまでも貧にして政治的になんらの発言権を有せざるがゆえにその地位の改善さるる機会なく、永久に社会の下層に沈淪せざるを得ぬ〉


 2人の息子を育てているので実感しますが、教育にはお金がかかります。だからこそ、貧困は子供と教育にしわ寄せがいくのです。そしてこれは、『科挙史』が明らかにするように、教育の永遠の命題なのです。



本を読む

『科挙史』(宮崎市定著、砺波護解説)
今週のカルテ
ジャンル教育
時代 ・ 舞台古代から近世の中国
読後に一言これは声を大にして言いたいけれど、教育が滅びれば、国は滅びます。
効用「科挙」をこれほどまでに詳細に論じた本は、本書が世に出るまで存在しませんでした。
印象深い一節

名言
中国文化の特質は科挙の存在によってその一斑が解明されようし、中国民族性の本質を論ずるには科挙によって与えられたる後天性を考慮に入れなければならぬであろう。
類書同著者の東アジア文明史『東洋における素朴主義の民族と文明主義の社会』(東洋文庫508)
貧困と革命の相関関係『中国の伝統と革命(全2巻)』(東洋文庫250、255)
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