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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 574

『先哲叢談』(原念斎著、源了圓・前田勉訳注)

2016/04/07
アイコン画像    不倫も詐称も、“文運”衰退のせい?
江戸期の儒者72人の列伝を読む

 〈文運の盛衰は、世道の汚隆(おりゆう)に関り、世道の汚隆は、諸(こ)れを文運の盛衰に徴す〉(先哲叢談序)


 私、『先哲叢談(せんてつそうだん)』の冒頭に掲げられたこの文を読んで、思わず「ほーっ」と声を出していました。

 『先哲叢談』とは、江戸時代後期の儒者・原念斎(1774~1820)が記した、〈藤原惺窩(せいか)から念斎の祖父原双桂に至る72人の江戸期の儒者の略伝を記した書〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)です。〈近世初期から宝暦ころまでの主要な儒者はほぼ網羅〉(同前)されており、〈多くの人に読まれ、幕府にも献上した〉(同「国史大辞典」、「原念斎」の項)といいます。

 その冒頭に、〈幕末期儒学思想界の大御所〉である佐藤一斎(1772~1859)(同「ニッポニカ」)が「序」を寄せているのですが、それが件の一文。

 文運とは、〈学問や芸術などが盛んに行なわれる様子。文化・文明が栄え、発展していこうとする動き〉(同「日本国語大辞典」)のこと。汚隆=盛衰ですから、ようは、文化の盛衰と、世道――〈世の中で守るべき道義。社会道徳〉(同)は繋がっているということです。社会道徳がないがしろにされていれば、文化も衰える。その逆もまた真、というわけです。

 最近は、「世道とは何ぞや」と問うような事件のオンパレードです。政治家は差別発言・暴言を繰り返し、有名人は経歴詐称に不倫。社会道徳なんて、もはやないに等しいのでは? と思ってしまいます。

 一方、反知性主義は跋扈し、「教養」なんて言葉は、死語のごとき状態です。現在の監視・規制の流れからしても、学問や芸術はますます萎縮していくでしょう。

 では、どうしたらよいのでしょう?

 本書『先哲叢談』は、江戸期の儒者のエピソードを丹念に記したものですが、その中にこんな一文を見つけました。将軍吉宗に信任された儒者・室鳩巣(むろ・きゅうそう)(1658~1734)の項です。


 〈鳩巣、幼より文籍に耽嗜(たんし)し、倦(う)みて息(やす)むことを知らず〉


 「耽嗜」とは、耽(ふけ)り嗜(たしな)むということですから、熱中して親しむということでしょう。読書に熱中し、飽くことを知らなかった、ということです。室鳩巣に限らず、ここに紹介された儒者は皆、〈文籍に耽嗜し〉た人たちです。

 私はここにヒントを見出します。個々人が「文運」を盛んにすることこそ、世道を正す近道なのです。



本を読む

『先哲叢談』(原念斎著、源了圓・前田勉訳注)
今週のカルテ
ジャンル伝記
時代 ・ 舞台江戸時代・日本
読後に一言漢文読み下しなので、多少、歯ごたえがありますが、詳細な注に助けられました。
効用道を究めんとした人たちの生き様は、非常に刺激を与えてくれます。
印象深い一節

名言
祖(著者の祖父・原双桂)、奮然として道を究め経を治むるを以て志と為し、漢儒以来の諸説に於て、窺はざる所無し。(巻之八「原双桂」)
類書正・続合わせて200余の人物評伝『近世畸人伝・続近世畸人伝』(東洋文庫202)
本書にも登場する新井白石の著書『新訂 西洋紀聞』(東洋文庫113)
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