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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 191

『七王妃物語』(ニザーミー著、黒柳恒男訳)

2016/07/07
アイコン画像    ペルシアの物語から読み解く
ブレグジットと反知性主義

 「ブレグジット(Brexit)」が世界を賑わしていますが、あれ、命名の良さもありますよね。Britain(英国)とExit(出口)を組み合わせた造語だそうですが、アベノミクスと一緒で、言葉の強さ、響きの良さが、人々に幻想を抱かせてしまったのでは?

 人間は「脳」に支配された生物ですから、飛躍するなら、脳の作り出した幻想――というか妄想の中で生きているともいえます。この後のイギリスの未来はわかりませんが、少なくとも「ブレグジット」に妄想を抱いてしまったのだとはいえるでしょう。

 ペルシアの詩人ニザーミーの叙事詩『七王妃物語』は、実在したペルシアの王・バハラーム5世を主人公にしていますが、私はこの物語を、妄想から脱したひとりの強き男の話として読みました。

 タイトル通り、この物語の最大の売りは、7人の王妃です。7つの地域から迎えた美しい王妃が、バハラームに物語を語って聞かせます(『アラビアン・ナイト』と同じ構図です)。7人は、それぞれ基調カラーを持っていて、その色の屋根の御殿に住んでいます。


・1人目/黒 〈黒さは人を若く見せる〉
・2人目/黄 〈黄色は歓喜が生まれる……〉
・3人目/緑 〈緑色は蒔かれた種の無事を示し……〉
・4人目/赤 〈赤こそ美の源泉……〉
・5人目/青 〈高い大空はその身にまとう衣として/青ほど美しい色を見出したことがない〉
・6人目/白檀 〈白檀は心に安らぎを与え……〉
・7人目/白 〈白だけにはなんの汚れもない〉


 7人の王妃それぞれが語る物語は豊穣だとだけ言っておきましょう。美しい女性、引き込まれる物語……夢のような時間です。男の妄想を具現したといえましょう。が、物語は意外な結末を迎えます。


 〈七つの御殿が酒と杯によって/バハラーム王に話を聞かせた時/頭脳という御殿にあった王の知性は/運(めぐ)る御殿(運命)についてこう知らせた/「この世の美女の館から去り/不滅のところにおもむけ」〉


 知性が、妄想に打ち克ったのです。王は作り話を聞くのをやめ、〈自ら他の御殿(信仰)に入〉ります。

 なるほど、施政者の妄言に惑わされないためには、〈知性〉が必要なのですね。とすれば、ブレグジットも反知性主義時代の申し子といえるかもしれません。



本を読む

『七王妃物語』(ニザーミー著、黒柳恒男訳)
今週のカルテ
ジャンル詩歌
成立年 ・ 舞台1100年代/ペルシア(イラン)
読後に一言今回の英国の国民投票は、個人的には他人事ではありませんでした。日本の憲法改正もまた、「過半数」で可能なのです。
効用興味深い方は、ニザーミーの別の詩集『ライラとマジュヌーン』(東洋文庫394)、『ホスローとシーリーン』(同310)もどうぞ。
印象深い一節

名言
知性が劣っていない者は/飲んでも泥酔しない
類書ペルシアの抒情詩『ハーフィズ詩集』(東洋文庫299)
ペルシアの英雄叙事詩『王書』(東洋文庫150)
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