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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 533

『列子 1』(福永光司訳注)

2016/07/14
アイコン画像    「杞憂」で済むか、済まないか
~故事成語で読む「列子」(1)

 小学6年生の息子が、「故事成語」の勉強をしていたので脇からのぞいたのですが、「キユウ?」「チョウサンボシ?」……とまるで外国語のように口にしているので思わず笑ってしまいました。彼にはチンプンカンプンのようです。私も気になって調べてみると、「杞憂」も「朝三暮四」も『列子』にもみえる言葉でした。

 〈中国で、最も代表的な老荘思想家、老子、荘子、列子〉のことを「三子」と言うのだそうですが(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)、孔子+三子は、故事成語や熟語の宝庫です。実際、ジャパンナレッジの「日本国語大辞典」で「列子」を全文検索してみると、324件もヒットしました。というわけで、東洋文庫の『列子』を用いて、故事成語をめぐってみようかと思います。

 『列子 1』で、考えさせられたのは「三楽」という言葉です(天瑞篇第一の七)。

 孔子が、楽しそうにしている老人に声をかけます。いったい何が楽しいのか、と。老人の答え。


第一の楽しみ…〈天が万物を生じたなかで、人間こそが一番貴い。ところでわしはその人間に生まれることができた〉

第二の楽しみ…〈人間には男女の別があるが、男尊女卑で男が貴い。ところでわしは、ちゃんと男に生まれられた〉

第三の楽しみ…〈(赤ん坊で死ぬ者もいるが)このわしは、もうよわい九十歳にもなる〉


 これをもって「三楽」といいます。これを聞いた孔子は、〈心に屈託のない人生の達人である〉とべた褒め。

 老人の視点は「時代錯誤だ」と思うかもしれません。たしかに「列子」は、諸説はありますが〈前漢末から晋代にかけて成立したといわれる〉(同「デジタル大辞泉」)思想書です。

 でも、この「わしは偉い」という感情、私は最近の日本に蔓延しているように感じます。学歴、所属、年齢、出自……こうしたものが、いまだに「わしは偉い」の根拠になってはいないでしょうか。そして「わしは偉い」という自信満々な態度に、人は惑わされてしまう。

 『列子』のいう「朝三暮四」は、「エサは朝三つ暮れに四つ」という飼い主の提案に怒った猿が、「朝四つ暮れに三つ」の再提案に惑わされ、それに満足してしまうというエピソードです。さて私たちは、この猿を笑うことができるでしょうか。「この道を。力強く、前へ。」という自信満々な断言に、私たちは惑わされているのでは? 杞憂に終わることを祈ります。



本を読む

『列子 1』(福永光司訳注)
今週のカルテ
ジャンル思想/説話
時代 ・ 舞台春秋戦国時代の中国
読後に一言ああ「華胥の国」に逃げ込みたい……。
効用「華胥の国」のエピソードは、本書収録です(黄帝篇第二の一)
印象深い一節

名言
世界じゅうの人間がすべて惑乱してしまえば、これを正気に返すすべはない(周穆王篇第三の八)
類書中国思想の基本『四書五経』(東洋文庫44)
「列子」の説話も載せる『中国古代寓話集』(東洋文庫109)
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