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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 326|341

『日本風俗備考1、2』(フィッセル著、庄司三男・沼田次郎訳注)

2016/09/08
アイコン画像    今の日本があるのは「出島」のお陰?
オランダ商館員が見たニッポン。

 先日、所用で長崎を訪れた折、空き時間を利用して出島をぶらついてきました。現在、「カピタン部屋」など出島の復元が進められており、思った以上に楽しめました。

 さて東洋文庫では、出島に滞在した外国人たちの著書が多く収録されています。例えば「出島三賢人」のケンペル(1651-1716)やシーボルト(1796-1866)などです。知名度は劣りますが、オランダ商館員のフィッセル(1800−1848)による『日本風俗備考』は、その観察力や丁寧な筆致は、シーボルトに勝るとも劣りません。

 中でも興味深かったのは、「日本語構文法」です。オランダ語の会話文に対して、日本語の発音が記してあります(旅行者向け英会話ハンドブックのようなものをイメージしてください)。

 例えばこんな調子です。


 〈Fito de ar〉


 分かります? 正解は、〈人である〉。ではお次。


 〈Watakfs wa soer koto ga nakka〉


 ローマ字でそのまま読めばいいんでしょうが、それでも不思議な文章です。正解は、〈私はすることがなか〉。

 いくら長崎の出島だからって、長崎弁にならなくてもいいと思いますが、ここには、〈さるこうや〉(歩き回ろう)とか、〈鳴りおる〉など、ちょいちょい、方言が混じり込んでいます。他にも、〈hooju(朋友)〉などという単語も出てきて、非常に興味深いものでした。

 出島に住んでいたオランダ人は、本国から妻や子を連れてくることが許されませんでした。出入りの自由は制限され、「牢獄」とも呼ばれていたそうですが、本書を読むと、ちょっと印象が変わります。

 出島の外に出て長崎の町を歩き回ることを、フィッセルいわく、〈遊歩〉というそうです。頻繁ではなかったようですが、これが月に一、二回あったそうです。幕府の役人の付き添いはあるものの、彼らの遊歩の〈申し出は拒絶されたことがない〉のだとか。NOと言わない理由がふるっています。


 〈遊歩に出る者は、ついてくる日本人の従者たちを饗応せねばならぬことになっているからである〉


 ようはご馳走さえ食べさせれば、出歩き自由というわけ。いいですねぇ、この緩さ。

 フィッセルも指摘していますが、日本人は知に対して貪欲だったようです。出島を通して知を吸収し続けたお陰で、スムーズに近代国家に移っていくのですから、出島様々だなと、妙に感心しました。



本を読む

『日本風俗備考1、2』(フィッセル著、庄司三男・沼田次郎訳注)
今週のカルテ
ジャンル風俗/技術
時代 ・ 舞台1800年代前半の日本
読後に一言秘かに江戸特集を続けておりますが、今年の「江戸検」の申し込み締め切りは、9月27日です。
効用「兵学と武器」や「画法と図法」など、他の日本紹介本とは異なる項目が収録されています。
印象深い一節

名言
日本人は、勉学に熱心であって疲れを知らない。『日本風俗備考1』「科学」
類書ドイツ人医師ケンペルの道中記『江戸参府旅行日記』(東洋文庫303)
シーボルトの道中記『江戸参府紀行』(東洋文庫87)
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