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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 418|421

『甲子夜話三篇3、4』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)

2016/12/15
アイコン画像    なぜ松浦静山は20年間書き続けたのか
完結編「甲子夜話三篇」を楽しむ(2)

 松浦静山はなぜ、こうも大小さまざまなことを記録していくのか。6月より「甲子夜話」シリーズを読み続けていますが、正直なところ、私には腑に落ちないところがありました。

 『甲子夜話三篇』の3巻、4巻のひとつの売りは、「大塩平八郎の乱」(1837年)の膨大な記述です。大塩平八郎は元大坂町奉行所与力で、〈天保7年(1836)の飢饉(ききん)に際して奉行所に救済を請うたが容れられず、蔵書を売って窮民を救った〉人物です。〈翌8年、幕政を批判して大坂で兵を挙げたが、敗れて自殺〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)。この挙兵が、大塩平八郎の乱です。

 1821~1841年に著したのが本シリーズですから、同時代の大事件を記述するのは当たり前かも知れません。しかし静山は、関係者の手紙やら裁きの様子まで記し、はては、落首(落書き)まで書き留めるのです。


 〈大塩は本の数々売払ひ、これぞむほんの始なりける〉


 蔵書を売って窮民を救った、という逸話の「無本」と「謀叛」とをかけているわけですね。


 〈徳川の水にながれてきへにけり、慶安の雪天保の塩〉


 〈慶安の雪〉とは、慶安4年(1651)に慶安事件の首謀者となった由井正雪のこと。〈天保の塩〉は「大塩平八郎の乱」の大塩平八郎。雪も塩も川の流れ(=幕府)に比せば大したことないぜ、という意味でしょう。

 この落首は面白い! しかし大事か、と問われれば自信ありません。ところが静山は、ひたすら記します。そこには、氏の強い思いがありました。


 〈戯謔(たはむれ)のことも、書貽(かきのこ)さざれば後の世には知れず〉


 この言葉を見つけた時、私は膝を叩きました。氷解したのです。

 書き残さなければ、後世に伝わらない。静山はあくまで後の世に役立てるべく、さまざまなことを記していたのです。それをどう料理するか(どう評価するか)は、後世の問題なのであって、静山はひたすら書くのです。時には借りた本丸々、〈借写〉します。

 例えば、天候不順が続いたある夏。雨が異常に多いと感じた静山は、天文方の天候記録を借り受けます。そしてそれをせっせと〈借写〉します。お陰で私たちは、この年が異常気象だったことがわかり、天保の飢饉、大塩平八郎の乱……という流れを掴めるのです。

 ……でもよく考えたら、このコラムも〈戯謔〉ですね。



本を読む

『甲子夜話三篇3、4』(松浦静山著、中村幸彦・中野三敏校訂)
今週のカルテ
ジャンル随筆/風俗
書かれた時代1800年代前半の江戸
読後に一言「伊勢音頭」の歌詞の採録が、個人的には興味深かったです。
効用3巻には「竹島」(竹嶋)に関する記述も頻出します。
印象深い一節

名言
世の諺に、士(さむらひ)は、速飯(はやめし)、急屎(はやぐそ)、迅歩(はやばしり)と謂ふが、何(いか)にもさも有る当(べ)し。
類書江戸300年の記録『増訂 武江年表(全2巻)』(東洋文庫116、118)
同時代の市井の人の記録『秋山記行・夜職草』(東洋文庫186)
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