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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 150

『王書 ペルシア英雄叙事詩』(フィルドゥスィー著、黒柳恒男訳)

2017/02/23
アイコン画像    〈愛郷心〉を取り戻そうと訴えた
イランの叙事詩人の渾身作

 新聞で、〈厚生労働省は14日、保育所に通う3歳以上の幼児に対し、国旗や国歌に親しむことを求める文言を初めて盛り込む保育所保育指針改定案を公表した〉(毎日新聞2月15日)という記事を見つけ、唖然としました。幼稚園や保育所で国旗や国歌の教育? 国旗や国歌をないがしろにしろ、とはいいませんが、そもそも強制されるものでしょうか(そういえば、教育勅語を暗唱させる幼稚園が大阪にありますね)。

 最近、とみに「愛国心」ということについて考えます。ジャパンナレッジ「世界大百科事典」の指摘がまさに的を射ています。〈郷土や地域あるいは人類やアジアや世界連邦に向けられる非権力的な愛郷心〉(いわゆるパトリオティズム)と、〈権力装置である国家への忠誠としての〈愛国家心〉〉(ナショナリズム)をきちんと分けて考えるべきだ、というのです。

 〈愛郷心〉によって自分たちの誇りを取り戻そうとした詩人がいます。イランの叙事詩人フィルドゥスィー(934頃~1025頃)です。イラン(ペルシア)は、7世紀のイスラム侵入で文化的な大打撃を受けます。イラン固有の文化を守ろうと、40歳を過ぎていたフィルドゥスィーは立ち上がります。それが30年の歳月を費やし、詩句6万句弱という大作、叙事詩『王書(シャー・ナーメ)』です。

 これは、〈イラン建国より始まり,歴代50人の王を扱った列王伝〉で、〈古来,あらゆるロマンス,あらゆる伝説,あらゆるペルシャ的思考は『王書』を源泉とするとまでいわれ,この詩句を1句も諳んじないイラン人はいない〉(同「世界文学大事典」)のだそうです。つまりフィルドゥスィーは、イランの歴史(というより伝説)を朗々と歌い上げることで、〈愛郷心〉を呼び覚ましたのです。私たち日本人は、『万葉集』『古事記』『源氏物語』……と立ち返ることのできる文学を持っていますが、これがどんなに重みのあることなのか、思い知らされます。

 面白かったのは、英雄ロスタムの「七道程(ハフト・ハーン)」です。獅子に襲われ(1)、砂漠で飢え渇き(2)、龍と戦い(3)、魔女を真っ二つにし(4)、闇の世界を抜け(5)、悪鬼を蹴散らし(6)、白鬼を倒して王を救う(7)のです。

 〈わたしが槍を突き出して戦えば/岩は芯まで血に染まりましょう〉という勇ましい調子で全編、進みます。

 〈愛国家心〉に取り込まれないためには、むしろ、自分の中の〈愛郷心〉を見つめ直すべきかもしれません。



本を読む

『王書 ペルシア英雄叙事詩』(フィルドゥスィー著、黒柳恒男訳)
今週のカルテ
ジャンル詩歌
成立した年代1000年頃のイラン
読後に一言ジャパンナレッジでこんな記述を見つけました。〈国民教育を通じて国の伝統、歴史、使命感などの意識を国民に注入し、さらには国歌や国旗を通じて愛国心を強めようとする〉(同「imidas 2016」、「愛国心」の項)
効用通底しているのは、「正義は報われる」という信念でした。
印象深い一節

名言
「ロスタムを悼み悲しむあまり/陽が世を照らし始めてこのかた/これほど暗い日を見た者はありません」(「ロスタムとシャガードの巻」)
類書フィルドゥスィーも登場する『ペルシア逸話集』(東洋文庫134)
14世紀のペルシアの詩集『ハーフィズ詩集』(東洋文庫299)
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