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東洋文庫
『日本史5 キリシタン伝来のころ』(ルイス・フロイス著、柳谷武夫訳)

2017/03/30
   信長の“自信”が異教を受け入れた
宣教師が見た戦国日本(5)

 フロイスの『日本史』シリーズも、これで最終回です。最後のお題は“なぜ信長は宣教師を厚遇したのか”。

 厚遇の内容はこうです。

 〈永禄十二年宣教師ルイス=フロイスの要請を容れて布教許可の朱印状を与え、また天正三年から始まった京都の教会堂の建立には、土地と資財を寄付して援助した。(中略)さらに同八年には安土の城下町に土地を与えて教会堂を建設させ、また翌年には神学校の設立を認めて、その建設費を寄付した〉(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)。

 至れり尽くせりですね。

 その理由は、〈ヨーロッパ文化への興味と一向一揆との対抗のため〉(同「ニッポニカ」)という説明が一般的のようですが、はたしてどうでしょうか。

 『日本史5』には、フロイスらと信長が親しげに語らう様子が描かれます。


 〈(信長は)自分のそばに(宣教師を)坐らせて、彼等に親愛と温情のこもった言葉をかけた後、突然ほかの部屋へ行き、茶碗二つを各々の手に一つずつ持ってすぐに来て、飲むためにそれをぱあでれたちにわたした〉


 ここに垣根はありません。そして尋ねるのです。


 〈日本の神がみについて何と思うか〉


 残念ながら、この問いに何と答えたかは書かれていませんが、信長は答えに満足し、談義を続けたそうです。

 日本には、受容し続けてきた歴史があります。漢字も仏教も律令制も儒教も、お隣の中国、韓国から受け入れました。ところが、キリスト教はNO。秀吉の時代から明治にかけて、いったい何人のキリシタンたちが殺されたことでしょう。

 秀吉の「伴天連追放令」(1587年)から江戸幕府の踏絵にいたる一連の時期は、私の中では現代社会に重なります。トランプ大統領の入国禁止令と、伴天連追放は同じなんじゃないの? ということです。

 ここには、「恐れ」があります。自分の存在が、自分と異なるグループによって脅かされるという恐れです。異教への恐れ、異人への恐れ……それが噴出したのです。16世紀末は、相次ぐ戦乱で、自分の存在が不確かだったという時代背景もあるかもしれません。では信長はなぜ受け入れたのか。逆説的ですが、自分の存在に確たる自信があったのではないでしょうか。

 ヘイトスピーチの連中も、排他主義者も、いわば自分に自信がないのです。国の誇りを取り戻せとがなるのは、つまり自分への誇りを持てないからなのでしょう。



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