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東洋文庫
『日東壮遊歌 ハングルでつづる朝鮮通信使の記録』(金仁謙著 高島淑郎訳注)

2017/04/13
   朝鮮通信使の記録に見る
韓国を動かす“恨”のパワー

 お隣・韓国のパーソナリティとして「恨(ハン)」がよく取りざたされます。

 〈朝鮮語で,発散できず,内にこもってしこりをなす情緒の状態をさす語。怨恨,痛恨,悔恨などの意味も含まれるが,日常的な言葉としては悲哀とも重なる〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)

 最近のテレビや新聞を見ると、この「恨」、日本の中ではやや否定的に捉えられているような気がします。なにせ、〈挫折した感受性,社会的抑圧により閉ざされ沈殿した情緒の状態がつづくかぎり,恨は持続する〉(同前)のです。

 では実際、「恨」とはどういうものなのでしょうか。

 『日東壮遊歌』は、江戸時代の1763~64年に来日した第11次朝鮮通信使の一員、金仁謙(キム・インギョム)、当時57歳によって記された旅行記です。「歌辞(カサ)」という詩の形態、かつ漢文ではなくハングルで書かれているのが特徴です。なぜ唐突にこの本を持ち出したかと言うと、「恨」が強いんですね。

 朝鮮通信使は、足利義満以来、明治維新まで続いた、〈両国使節の往来による国書の交換〉(同「ニッポニカ」)です。江戸時代、徳川将軍家は直接使節を派遣しませんでしたが、李氏朝鮮側は使節派遣を継続し、中期以降は、〈将軍の代替りごとに来日するのが例〉(同前)でした。今後の教科書から「鎖国」という言葉がなくなる根拠のひとつです。

 当然、朝鮮側使節のメインイベントは将軍への謁見です。ところが金仁謙は、こんな行動に出るのです。


 〈私はひとりつらつら考えた末 儒者の身として/徒らに城内に入り 関白に四拝するなど/この上ない恥辱と思い 参列は取り止め休むことにする〉


 「見物するだけじゃないか」と同僚になだめられても、〈犬にも等しい倭人に/拝礼するのは苦痛です どうあっても行けません〉と断固拒否。豊臣秀吉の朝鮮侵攻から170年以上経っても、この「恨」が拭えないのです。

 では金仁謙、坊主憎けりゃ……で日本や日本人を頭から否定しているかといえばそうではありません。日本人と知己を結び、その情に感動する。富士と芦ノ湖を見て、〈天下の奇観〉と感動し素直に評価する。極めて、公平公正なのです。

 しかし、「絶対に間違っている」と思うことに対しては、金輪際、しつこいぐらい許さない。スジは通っています。

 韓国の恨パワーは、朴槿恵前大統領の不正を許しませんでした。さて日本は? 政権の嘘もインチキもそのまま。私たちこそ、「恨」が必要かもしれません。



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