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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 139

『中国講談選』(立間祥介編訳)

2011/02/17
アイコン画像    『三国志』に『水滸伝』、あの名場面がズラリ。
立間祥介の名訳で“聞く”中国の講談。

 『東洋文庫ガイドブック2』(平凡社)の巻末、「東洋文庫解説目録」をつらつらと眺めていたら、立間祥介氏の名前を発見して、突然、少年時代の自分を思い出した。

 私にとっての立間祥介は『三国志演義』の訳者であるのだ。『三国志』や『水滸伝』は文字通り少年の頃のバイブルだった。本当になぜあの頃は、同じ物語を何度も読み返すのだろうか。読み返すだけでなく、別の訳者のものを読んだりと、どっぷりあのワールドに浸かっていた。


 で、氏の編訳本が『中国講談選』なのである。

 まあ“聞いて”みてください。ご存じ『水滸伝』の名場面中の名場面、武松の虎退治。虎に襲われた武松、虎の右耳にパンチを喰らわせた。


 〈この一発に、虎公ウンともスーともなかったかわりに、左の耳からシューッ、一丈ばかりの、まるで緋いろの糸みたいなものが飛びだし、道ばたの草むらまで飛んだ。おいおい、それじゃァ、虎の耳のなかには糸屋でもあるのか。そうだろう、たしかにお前は、いま緋いろの糸が飛びだしたといったぞ、とおっしゃられるかも知れません。これが違うんで。血です。たまった血なんで。血が吹きだせば、赤い糸みたいに見えるじゃございませんか〉


 右の耳を殴ったら、左の耳から血の糸がシューッと出たっていうんだから、マンガの世界。目に浮かぶとはこのことで、立間氏の名訳もあいまって、まあ“目に鮮やか”な講談なのである。他にも『三国志』、『西遊記』、『説岳』(北方版『水滸伝』にも登場した武将・岳飛の物語)、『包公案』(中国の大岡裁き)といった、中国人の大好きな講談の名場面が、ズラーッと並ぶ。この本、少年時代の私に教えてあげられないものか。

 大人になった私が最も感心したのは、付録的につけられていた、ある講談師の体験談の講演録(「芸の海でエビをとる」)。これがまた、含蓄に富んでるのなんの。

 芸事というのは「本をのみこむこと」(これを「悟書」というらしい)というんですな。

(1)情をのみこむ……師匠のことばの抑揚、発声、仕草などを真似て盗む。

(2)理をのみこむ……師匠の一挙一動や声の出し方など、その裏にある理由をいちいち探り出す。

 これって、ビジネスの世界でも通用する不変の定理だ。中国の講談は1000年の歴史を持つという。なるほど、講談師の体験談に唸らされるはずである。

本を読む

『中国講談選』(立間祥介編訳)
今週のカルテ
ジャンル文学/風俗
時代 ・ 舞台中国
読後に一言これぞ「聞いて体験する」読書!
効用『三国志』や『水滸伝』、『西遊記』など、中国物を読み直したくなります。
印象深い一節

名言
たとえお客が三人でも四人でも、とにかく演(や)ること。そうしているうちに、自然に腕もあがってきて、見えるようになり、聞こえるようになり、本の情理もつかめれば、自分の芸もわかってくるもんです。(「芸の海でエビをとる」)
類書日本の講談・落語の通史『講談落語今昔譚』(東洋文庫652)、「西遊記」の続編という設定の物語『鏡の国の孫悟空』(東洋文庫700))※『鏡の国の孫悟空』はジャパンナレッジ未搭載
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