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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 266

『今古奇観5 明代短編小説選集』(抱甕老人編 駒田信二、立間祥介訳)

2017/08/10
アイコン画像    あなたは錬金術師を信じますか?
欲に目がくらんだ男の転落劇

 不定期で『今古奇観』シリーズをお送りしてきましたが、今回が最終回。通読して思うことは、「欲は凄まじいなあ」ということです。

 たとえば、本書『今古奇観5』収録の第39話なんてすごい話ですよ。ある金持ちが、錬金術師に引っかかる。錬金術師は、銀を元にして薬で練り、炉にかけると、金や銀が大量に作れるのだと嘯く。金持ちは錬金術師を招待した別荘に銀を大量に持ち込むのですが、炉にかけている最中に、錬金術師が所用で別荘を離れる。残されたのは、錬金術師の妾と使用人だけ。展開が読めますね? 金持ち、別の欲がムクムクと頭をもたげるのです。で、炉の前でことをいたしてしまう。〈さながら仙人になって天へのぼっていくよう〉だったそうです。戻って来た錬金術師が炉を確認すると、何も入っていない。炉の前でみだらなことをしたためにダメになってしまった、と告げる。

 結局、詫び賃だと金を巻き上げられた金持ち。しかし欲はとまりません。その後も何度も新手の錬金術師に騙される。とうとう、旅先で無一文になってしまう。家を目指して歩いていると、波止場の大船に、あの妾がいる。話してみると、女は妓女(遊女)で、錬金術師に頼まれて妾を演じていたのだという。炉の前でことに及んだのも計略のうちだったと、ようやく気づく金持ち。妓女にお金を恵んでもらい、男はようやく帰宅できたのでした。

 ジャパンナレッジ「ニッポニカ」によれば、〈サルトルは、欲望は自分に欠けているものを求め、欠けていない存在になろうとすることだという積極的意味を与えている〉そうですが、確かに資本主義社会は欲望で動いています。成長する欲もあるでしょう。でもねぇ。

 最終40話は、栄枯盛衰をテーマにした話なのですが、最後に作者のこんな言葉がありました。


 〈まことに人の世の富貴栄華というものは、目さきだけでは計れぬもの。世間の人々に申し上げますが、あまりに権勢や利益をお求めになりませんように〉


 最近は、公正中立の立場に立っていたはずの新聞やテレビのマスコミの中にも、権勢に近づきたいのか、明らかに政府よりの言説を垂れ流しているところがあります。これが、欲の行きついた先なのでしょうか。

 私たちとて注意せねばなりません。すでに黒を白という政府の大本営発表が横行しています。くれぐれも政府=錬金術師に騙されなきように。



本を読む

『今古奇観5 明代短編小説選集』(抱甕老人編 駒田信二、立間祥介訳)
今週のカルテ
ジャンル文学
成立した年代1600年代の中国・明
読後に一言『今古奇観』、あまりにも面白かったので、平凡社の単行本を購入。就寝前にたまに紐解いております。
効用第34話は男装の麗人の話。小説に昇華できそうな、読み応えです。
印象深い一節

名言
髪に花插し手に酒杯/花柳の巷に遊ぶとも/食と色とは人のさが/何を恥ろう事やある。(第三十三話「唐解元」)
類書中国の影響を受けた仮名草子『伽婢子(2巻)』(東洋文庫475、480)
朝鮮の漢文説話集『青邱野談』(東洋文庫670)
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