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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 472

『江戸温泉紀行』(板坂耀子編)

2011/02/24
アイコン画像    そりゃ江戸の人だって温泉好きなんです。旅情や臨場感あふれる江戸後期の温泉紀行集。

 ローマ帝国の浴場設計技師が、古代ローマと日本の銭湯を行き来する、ヤマザキマリが描くタイムスリップ風呂漫画『テルマエ・ロマエ』(このページに行けば試し読みができます! http://www.enterbrain.co.jp/comic/TR )。別段、私がオススメしなくとも、マンガ好きならばすでに抱腹絶倒のことと思うが、これって古代ローマ人と日本人が「温泉好き」で共通しているからこそ成立するんだよなあ、とはたと気付いた(もちろん、皆さん気付いていたことでしょう)。

 実際、ジャパンナレッジの「ニッポニカ」にこうある。

 〈日本人にとって温泉は、入浴が主たる目的であるが、ヨーロッパの場合(中略)、温泉の水を飲むことのほうが盛んである。(中略)古代のギリシア人やローマ人も温泉に浴し、ことにローマ人は入浴を好んだ〉

 「温泉」という言葉自体も古く、『続日本紀』、『万葉集』などに、神事や行幸と結びついて出てくるくらいだから、日本人の温泉好きは筋金入りなのである。


 だから、こんな本が編まれてしまうのも当然といえる。天明(1781~89)から天保(1830~44)に書かれた紀行などを集めた『江戸温泉紀行』である。原文のままなので読むのには苦労するが、とても興味深い。

 例えば、「玉匣両温泉路記(たまくしげふたついでゆみちのき)」。友人から「紀貫之の『土佐日記』みたいに何か書いてこいよ」といわれる。


 〈真名は中々みぐるしからん。心にとまりたることあれば、女もじに書しるし、帰りて後に見せん〉


 漢字(真名)は見にくいから、気付いたことがあったら仮名(女もじ)でメモって後で見せるね、とこの紀行を書いたのだという。旅をテーマにした江戸時代のブログ、と考えれば、この時代の紀行の雰囲気がわかってもらえるだろうか。ようは、温泉に行く→長旅でいろんな物を見る→みんなにも教えたい! というわけ。なにせ江戸時代は新幹線や飛行機があるわけじゃない。例えば、江戸から草津(群馬県)の往復の旅路を綴った「旅のくちずさみ」。8月3日に出発し、帰り着いたのは9月4日。1か月かけての湯治なのだから、そりゃ誰かに話したいですよね。


 〈ゆ(湯)はぬる(温)くて「今すこしあつ(熱)からましかば」とあ(倦)かぬ心ちのすれど、たゆみなく汲かくればさむくなんどはあらず。物の香のいさゝかにほ(匂)ふは、いわう(硫黄)といふものゝあん(有)なるけ(気)なりとぞ〉


 これは「有馬日記」だが、姿が目に浮かぶ。嘆声までもが聞こえてきそうである。



※一部表記を変更しています。

本を読む

『江戸温泉紀行』(板坂耀子編)
今週のカルテ
ジャンル紀行
時代 ・ 舞台江戸時代後期(田沼時代から天保の改革まで)
読後に一言感動は誰かに伝えたくなるものです。
効用当然ですが、温泉につかりたくなります。
印象深い一節

名言
きくきかぬ出湯はさてをけほとゝぎす(湯倉温泉紀行)
類書江戸の旅のガイドブック『東海道名所記(全2巻)』(東洋文庫346、361)
江戸の日帰り紀行『江戸近郊道しるべ』(東洋文庫448)
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