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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 217

『江南春』(青木正児著 小川環樹解説)

2017/09/21
アイコン画像    中国は西域文化の輸入で成り立った!?
中国文学者が見た戦前の中国の姿

 著者の青木正児(まさる)氏(1887~1964)と言えば、言わずと知れた中国文学者の泰斗ですが、当コラムでも『中華名物考』や『琴棊書画』を取り上げて来ました。その氏が、30代から50代の間に書いた紀行などを収録したのが、本書『江南春』です。

 表題「江南春」で、著者は西湖(せいこ)を訪れます。西湖は、〈中国浙江省の杭州西部にある湖〉で、〈西湖十景で知られる景勝地〉(ジャパンナレッジ「デジタル大辞泉」)です。古くから詩歌に詠まれ、現在は世界遺産に登録されています。そんな景勝地を、著者はどううたいあげたのか。そんな期待で読み進めたのですが、いい意味で、期待を裏切られました。

 著者が西湖を訪れたのは1922年(大正11)。35歳の時です。西湖湖畔には、西洋建築が見られるようになっていました。それを見た日本の文化人たちは「俗悪化された」と嘆きます。著者はそれに対し、〈なんの西湖の一つや二つ台無しにした所で構う事はない〉、〈西湖は小数の物好きな日本遊覧客のために保存されている骨董品でない〉と、強い口調で反論します。


 〈唐時代の燦然たる文運を促したものは西域文化の輸入ではなかったか。詩律に、音楽に、美術に。ガラスのコップで葡萄酒を味わった唐代のハイカラ詩人を、誰が不調和だと非難するものがあるか。唐代の文明から塞外趣味を除いたら余程さびれたものになるだろう。支那民族の偉大さは、外来文化を併呑して我を大にする所にあると思う、所謂泰山は土壌を択ばざるものだ〉


 中国とはこうあるべきだ、という固定観念を著者は批判します。そもそも、中国は西洋文化との交流で成り立っていたのではないか、と。

 これは鋭い指摘です。〈外来文化を併呑して我を大にする〉力を持っていたからこそ、中国は大国たり得た、ということです。むしろそれがなくなっていたから、行き詰まっていたのではないか、と。

 考えてみれば日本も、外来文化を吸収し続けてきました。ところが最近は、国のリーダーが「伝統」に回帰せよと叫び、テレビでは日本礼賛の番組だらけです。一方で、嫌韓嫌中の隣国否定本はベストセラーになる。

 〈外来文化を併呑して我を大にする〉のは、日本人の得意技です。今の日本の閉塞感は、日本ファーストになりすぎて、他国が目に入っていないからかもしれません。



本を読む

『江南春』(青木正児著 小川環樹解説)
今週のカルテ
ジャンル紀行/文学
刊行年1941年
読後に一言著者の学生時代を振り返ったエッセイが収録されていますが、そこに、著者が師から言われた言葉が載っていました。〈かぶれなければいかん〉。けだし名言です。
効用中国のわらべ唄120あまりを口語訳した「支那童謡集」は貴重です。
印象深い一節

名言
誤って学者の群に投じて、鹿爪らしいことを云うたり、書いたり、さてさて気のつまることである。(「自序」)
類書日本人による中国紀行『桟雲峡雨日記』(東洋文庫667)
日本人による中国随筆『増訂 長安の春』(東洋文庫91)
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