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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 473|478

『大日本産業事蹟1、2』(大林雄也編 古島敏雄序 丹羽邦男解題)

2017/10/12
アイコン画像    明治時代に労力をかけて完成させた、
神代から紐解く日本の産業の歴史

 時代時代の〝空気〟というものがあります。染まらないつもりでいても、私たちは時代の影響から逃れられません。

 と、そんなことを改めて思ったのは、本書『大日本産業事蹟』を読んだから。本書は明治24年(1891)に刊行された本で、農業や林業、畜産や養蚕、漁業に運輸、工芸に鉱業……と産業と物産を網羅し、その起源と沿革を明らかにしようとしています。

 過去の典籍にあたるだけでなく、〈産業書や新聞記事から口伝・記念碑の碑文などをも利用している〉のです。具体的には、〈内国勧業博覧会や各種の共進会への出品者の記した説明書や審査報告書〉や〈地方的な共進会や地方官庁などの表彰文〉も用いているとか。この労力だけで、「あっぱれ!」と言いたいですね。

 ただし、中身を見ると、「明治24年」という時代が見えてきます。本書の中で、特に目につくのが「神代」という言葉です。


 〈米は神代にありて保食(うけもち)神の屍の中に生じ、また爾来蕃殖せり。よりて我国の一名を瑞穂の国と云う〉

 〈神代巻に云う、大己貴命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)と力を合せ心を一にして天下を経営し、蒼生畜産のため病を医するの法を定むと〉

 〈五十猛(いそたける)神天降る時、あまたの樹種子を持ち下りて、西国より初めて海内諸国に播したる……〉


 大己貴命(大国主命)があたかも実在の人物のように語られているのです。

 明治という時代は、「国家神道」によって〈記紀神話と皇室崇拝にかかわる神々を崇敬〉(ジャパンナレッジ「世界大百科事典」)させようとした時代です。

 現代社会から俯瞰すると、なぜ突然持ち出された記紀神話に、大衆はやすやすと従ったのかと疑問に思います。しかしこれが時代の空気なのでしょう。政府のアナウンスを疑わなくなっていくのです。本書編者も、神代のことを現実のこととして捉え、こうして記しているのですから。そういえば近年も、「神武天皇は実在の人物」とテレビで公言した与党議員がいましたっけ。

 私は今、冷静に本書を読む事ができます。でも本書のほうが正しいと言われたら? 神代は真実だと言われたら? 時代とはかくも恐ろしいものです。



本を読む

『大日本産業事蹟1、2』(大林雄也編 古島敏雄序 丹羽邦男解題)
今週のカルテ
ジャンル産業
刊行年1891年
読後に一言ネットでは、神武天皇実在発言を擁護する言説が多数あることに驚きました。
効用資料性としては精度が劣りますが、その発展につとめた先人の伝記などもあり、その網羅の仕方に唸らされます。
印象深い一節

名言
産業の二字その意はなはだ簡なりといえども、その及ぼす所極めて広く農工商政度文物地理風情悉くこれ、その因たり果たるに非るはなし(凡例)
類書本書でも引用する百科事典『和漢三才図会(全18巻)』(東洋文庫447ほか)
太古からの日本工芸の歩み『増訂 工芸志料』(東洋文庫254)
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