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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 474

『漢書郊祀志』(班固撰 狩野直禎・西脇常記訳注)

2017/10/19
アイコン画像    前漢の武帝が望んだのは不老不死!?
怪しい方士が跋扈する古代中国の一面

 一国の権力をめぐって、世間は騒がしくなっておりますが、さて今の時代、「権力者」は何を求めているのだろうと、ふと疑問に思いました。織田信長のように「天下統一」を唱えるわけにもいきませんし、カエサルやチンギス・ハンの時代でもありません。

 そこへいくと、古代中国の権力者にはひとつの傾向があります。それが「不老不死」です。ある程度、国が整うと、たいがいこっちの欲が出てくるんですね。例えば、前漢7代皇帝の武帝。彼は、〈専制的な官僚統治の体制を整備し〉、〈中国史上空前の大帝国を樹立した〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)皇帝です。いわばすべてを手にしている。しかしこう叫ぶのです。


 〈ああ本当に黄帝と同じようになれるなら、朕が妻や子を捨て去るのは、草履を脱ぎ捨てるようなものだ〉


 黄帝とは、〈古代伝説中の帝王〉で〈老荘学派の始祖〉(同「世界大百科事典」)ともされる人物ですが、彼には仙人になったという伝説があるのです。つまり武帝は、仙人=不老不死になれるなら妻子も捨てる、と口走ったのです。武帝はそのために「封禅(ほうぜん)」という儀式を行います。封禅はそもそも、〈政治上の成功を天地に報告するため,山東省の泰山で行った国家的祭典〉(同「世界大百科事典」)ですが、方士――怪しげな術を身に付けた方術士たちは、武帝に「封禅を行えば不老不死になれる」と吹き込みます。

 『漢書郊祀志』収録のエピソードですが、本書は、こうした「封禅」(および郊祀)をめぐる歴史書です。ザックリ言ってしまえば、時の権力者が不老不死を望むあまり、どれだけインチキな方士に騙されてきたか、という悔恨の書でもあります。いつの時代もスピリチュアル系に騙されやすい人はいるのですね。とはいえ、騙されたのは権力者。膨大な金と力が動きます。

 本書は、11代皇帝・成帝の時代の政治家・谷永(こくえい)の言葉は〈まったく正しい〉と結論づけます。


 〈彼ら(方士)の言葉は美辞麗句に満ちて耳に心地良く、今にも仙人に出会えるかのようでありますが、いざ探し求めてみると全くとりとめもなく、風をつなぎとめ影を捕えようとするように、絶対にできません〉


 権力者の周囲には、いつの時代も、怪しげな人間が集まってくるのでしょう。

 さて日本の権力者は何を求めているのでしょうか。方士のような人間を侍らせないことを願うばかりです。



本を読む

『漢書郊祀志』(班固撰 狩野直禎・西脇常記訳注)
今週のカルテ
ジャンル宗教/政経
時代 ・ 舞台紀元前の中国
読後に一言総選挙の投票が迫っていますが、方士のような美辞麗句を並べ立てるだけの候補を選びたくないものです。
効用古代中国が神仙や不老不死をどう捉えていたのか。それがよくわかります。
印象深い一節

名言
祀というのは、孝をあきらかにし祖先につかえ、神と交感するということである。(序)
類書漢書のひとつ『漢書五行志』(東洋文庫460)
仙人の理論と実践『抱朴子 内篇』(東洋文庫512)
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