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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアの古典・名著がズラリそろって、その数なんと約700冊! 後世にぜひ引き継いでいきたい、まさにアジアの文化遺産なのです。

そんな珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、あなたを面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫
『中国民衆叛乱史4 明末~清Ⅱ』(谷川道雄・森正夫編)

2017/12/21
   「損したくない」の行き着く先
中国の民衆が立ち上がるわけ(4)

 年の瀬に叛乱について考えるのもどうかと思いますが、『中国民衆叛乱史』シリーズも、これで最終回です。最終巻は、これまでと毛色が違って、叛乱というよりは市民運動やデモに近いものを多く収録しています。

 明代、小作農―(小作料)→地主―(租税)→国、というお金の流れるサイクルが確立していました。ところがここに、貨幣経済が入り込んできます。富裕な商人が、米を質草として、小作農にお金を貸すようになったのです。身分制度の固定化がいいか悪いかはともかく、小作農と地主が運命共同体としてあったところに、別のものが入って来たのです。商人たちは自分たちの儲け優先で、小作農に、小作料を支払うなとそそのかします。これら小作料を払わない動きを〈抗祖〉と言います。

 するとどうなったでしょう。非常に示唆的です。


 〈昨今、人民の気風はかの野羊のようにすばしっこく、あらっぽくなり、上下の秩序は無視され、みながみな傲慢にふるまわねば損だと思っている〉


 自分だけ損したくない。皆がこう考えたことで、社会が崩壊していくんですね。これは、叛乱や階級闘争という話ではなく、ただのわがままです。中には、〈小作米を納めないことにしようと、あらかじめ互いに約束を交す者すら出てくる始末〉。

 著者は、こうした〈抗祖〉を〈近代の農民闘争の物的・精神的前提を準備した〉とし、〈自作農のたたかいとしての側面が認められるのではないか〉と評価するのですが、これにはやや疑問です。むしろ、当時の役人が知事に宛てた書簡のほうに共感します。


 〈思うに世の中の事は、「照常」(ふだんのまま)の二字さえ心がければ、百代の後までも弊害はありません。さもなくんば、どうして父祖の代はずっと長いあいだ平和が続きましたのに、〔また〕どうして昔は田の値段が安くて平和が続きましたのに、いまや様変りし、一朝にして騒然たる叛乱にまぎこまれてしまうのでしょうか〉


 現在は、どちらかというと、〈みながみな傲慢にふるまわねば損だと思っている〉社会です。損得に躍起になるから振り込め詐欺にも引っかかりますし、「無償化」や「無料」と言われれば尻尾を振ってしまう。では、得したその先には何が待っているのでしょうか?

 何が大事なのか、整理する必要があるのかもしれません。それを「照常」に愚直に続ける。そう思いました。



今週のカルテ

ジャンル歴史
時代 ・ 舞台中国/明末~清
読後に一言今年の当コラムは、今回で終了です。来年も、ふだんのまま(照常)、過ごしていきたいものです。
効用著者は明末の都市暴動の中に「市民」を見出そうとします。やや強引な切り口ですが、面白い視点です。
印象深い一節

名言
天(あめ)の下、地(つち)の上、父母(ちちはは)の生みたまいしところは、天子より庶人に至るまで同じともがらである。どうして禽獣(けだもの)のように侮蔑されることに耐えられよう(「奴変」解説)
類書清代の動乱を描く『蜀碧・嘉定屠城紀略・揚州十日記』(東洋文庫36)
清代の裁判記録『鹿洲公案』(東洋文庫92)
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