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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 13

『アメリカ彦蔵自伝 1』(浜田彦蔵著 中川務、山口修訳)

2018/01/11
アイコン画像    未知の世界へ進む勇気はあるか
遭難者から実業家へ~アメリカ編

 新年早々唐突ですが、あなたは、どんな中学時代を過ごしていましたか?

 ……いや、質問を変えます。もし、中学生のあなたが海で遭難した挙げ句、外国に連れて行かれたとしたら、いったいどうなると思います?

 本書は、こんな“まさか”の体験をした人物の自伝です。著者は、「アメリカ彦蔵」とも呼ばれた浜田彦蔵(1837~1897)。

 〈1850年(嘉永3)14歳のとき遠州灘で暴風雨にあい漂流50余日、アメリカ船オークランド号に救助されて渡米。教育また洗礼も受け、帰化して名をジョセフ・ヒコと改めた〉(ジャパンナレッジ「ニッポニカ」)

 当欄では「ヒコ」と呼ぶことにしますが、このヒコ、幼少期に父を亡くし、13歳で母を亡くすという不幸な生い立ちです。航海に出たのは母の死がきっかけ。船乗りになるのを反対していた母が急死したことで、船乗りの義父のすすめもあって、船に乗り込むのです。

 母存命の頃、一度、金比羅宮へ船旅を敢行しているのですが、その時の興奮ぶりがヒコの性格を物語ります。


 〈今まであれほどよく耳にしていた未知の世界にどうやら、とうとうはいって行く途上にあるのだ〉


 しかもこの時の記憶が鮮明だと言うんですね。ヒコにとって「未知の世界」は常に憧れだったのです。

 さて最年少として船に乗り込んだヒコですが、遠州灘で遭難してしまいます。そこから先は前述の通り。で、ヒコは遭難から約1年半後、仲間と共に帰国することになったのですが、その寄港地の香港で、アメリカ人の友人から「一緒にアメリカに戻ろうぜ」と誘われます。

 時はペリーが日本に開国を迫る1年前。当然、ペリーの動きをヒコも知っています。その友人は、日本も数年で開国する、英語を覚えて帰れば、国の利益にもなるし、ヒコの利益にもなると言うのです。故国を目の前にした10代の少年です。「帰りたい」となっても不思議じゃありませんが、実親が共に亡くなっていたことも手伝ったのか、ヒコ少年は、アメリカに戻ることを決意するのです。

「未知の世界」への憧れが、ヒコの原動力でした。勤勉なヒコは、あらゆる人にかわいがられます。そして何と、ピアース、ブキャナンと2代の大統領と対面するのです(もちろん日本人初。のちにはブキャナンの次の大統領リンカーンとも対面)。22歳の時にはアメリカ市民権を獲得。日系アメリカ人第一号となります。

 最初の質問に戻ります。10代のあなただったら、さあどうします?



本を読む

『アメリカ彦蔵自伝 1』(浜田彦蔵著 中川務、山口修訳)
今週のカルテ
ジャンル伝記
時代 ・ 舞台日本、アメリカ(1837~1863年)
読後に一言いやあ面白い! ジョン万次郎といい、幕末のこの時期は「遭難者」が活躍していますが、アメリカ市民にまでなってしまったヒコの行動力に頭が下がります。次回は第2巻。日本に帰国してからの活躍を紹介します。
効用当時のアメリカの社会風俗もわかります
印象深い一節

名言
いまは援助を求めるべき親も親類もいないのだから、みずから勇気をふるい起こして、強く何ごとにでもぶつかっていった。(十一章)
類書幕末の漂流記『蕃談』(東洋文庫39)
明治初期の太平洋探検記『南洋探検実記』(東洋文庫391)
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