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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 19

『東方旅行記』(J.マンデヴィル著、大場正史訳)

2011/08/25
アイコン画像    あの『ONE PIECE』を超える面白さ?
ツッコミどころ満載の、14世紀の大冒険記。

 地球上に唯一残された秘境、チベットの謎の渓谷に挑んだノンフィクション『空白の五マイル』(角幡唯介/集英社)を読んでいて、「21世紀において『冒険』は成り立ち得るのか」という著者の問いに「なるほど」と思った(本書は、第8回開高健ノンフィクション賞、第42回大宅壮一ノンフィクション賞、第1回梅棹忠夫・山と探検文学賞を受賞した話題作だ)。

 グーグルアースを使えば、世界中を空から見られるし、文字どおり、人類が行ったことのない場所がなくなってしまっている。登るべき山も、下るべき川も、踏み込むべき密林も存在しないのだ。

 では「冒険」が成立した“幸福”な時代は? 

 そのひとつが、1300年代に英国貴族(?)マンデヴィルによって書かれた『東方旅行記』である。この書を信じるならば、大旅行である。通った国々を現在の国名で記してみよう。トルコ、イスラエル、パレスチナ、ヨルダン、シリア、キプロス、イラク、イラン、インド、インドネシア、中国、モンゴル……当時、ヨーロッパからみて謎の地、未開の地であったアジアを、広く紹介しようという意図で書かれている。何せ「誰も知らない」場所なのだ。すべてが冒険なのである。で、内容はというとこんな調子。


 〈そこにはもっと巨大な人間が住んでいて、中には背丈五十フィート(約15メートル)のものや、六十フィートのものもいるという〉


 〈(大海洋の南方には)両眼の中に珠玉をはやした、奸悪無類の女人たちが住んでいる。この女どもが怒って男を見つめると、その珠玉の魔力によって、怪獣バジリスクのように、視線だけで相手を倒してしまう〉


 マンデヴィルが描く世界は、一年のある時期になると魚が陸に上がってきて横たわる島(だから魚が取り放題)や、常に真っ暗で中に入った者はまったく物が見えない国。鳥になる実をつける木や、船を引き寄せる不思議な岩も登場する。「『ONE PIECE』かっ!」とツッコミたくなる荒唐無稽の連続で、いやはや、誰も知らないのをいいことに、(多少の真実も散りばめながら)ホラを吹きまくっているのである。

 植村直己がそうであったように、20世紀以降の冒険者たちは、どこかで求道者のようである。だが14世紀の冒険者は、ただただ謳歌している。どちらがいいとはいわないけれど、この“幸福感”を味わうには、私たちは最早、書物の手を借りるほかないのである。

本を読む

『東方旅行記』(J.マンデヴィル著、大場正史訳)
今週のカルテ
ジャンルエッセイ
時代 ・ 舞台トルコからヨルダン、インドを経て中国まで(1300年代)
読後に一言できるならこんな冒険がしてみたい。
効用「冒険」に胸を躍らせる、というイマドキ希有な経験ができます。
印象深い一節

名言
ほかにもまだ、わたしが見物していない国々やふしぎな事柄はたくさんあるが、見ていないのだから、まともに語ることはできない。
類書14世紀のイスラム世界をめぐる大旅行記『大旅行記(全8巻)』(東洋文庫601ほか)
13世紀のマルコポーロ冒険記『東方見聞録(全2巻)』(東洋文庫158、183)
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