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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 596

『南蛮更紗』(新村出著、米井力也解説)

2011/10/27
アイコン画像    あの「広辞苑」の編者の知的エッセイから、
日本人と星の関わりを読み取ってみる。

 最近、夜空が騒がしい。NASAの人工衛星落下騒ぎがあったと思ったら、今度はドイツである。地球の周りには3000個の人工衛星が回っているそうだから、こうした騒動は今後、日常茶飯事になるのかもしれない。

 で、“星”である。東洋文庫には、実は非常に有名な星のエッセイがある。『広辞苑』編纂者の新村出(しんむら・いずる)のエッセイ集『南蛮更紗』に収録されている「日本人の眼に映じたる星」がそれ。ジャパンナレッジ「ニッポニカ」の「星」の項にこうある。


 〈日本には古来星の和名がない、と信じられていた。これは日本は農業国であり、農民は激しい昼間の仕事の疲れのため、夜はあまり星を見なかった、という説による。この説に反発した学者の新村出の論説に感じた野尻抱影(のじりほうえい)は、その九十有余歳の生涯をかけて700種の星の和名を採集した〉


 新村のエッセイがきっかけで、日本人の星との関わりが再発見されたというのだからすごい。

 全36編のエッセイのうち、「日本人の~」など6編の星の話が収録されているが、新村いわく、日本人が星に関心を寄せなかったのも事実のようなのだ。その根拠。


①七夕など星がらみの伝説のほとんどが中国由来。

②星を詠んだ和歌が極端に少ない。

③「星月夜」と、わざわざ“月”を持ち出してきている。

④「古事記」に星の神が出てこない。

⑤「日本書紀」には、舒明天皇の時代(629~641)の記述まで、彗星や流星の記述が見当たらない。


 自然を愛してきたと胸を張る国民としては、星を愛して来なかったのは玉に瑕のようにも思える。新村も指摘するように、清少納言の『枕草子』には「星は」の段があるけれど、逆に言えばそれぐらいしか目立った文学作品がない、ということ。

 では当人の新村出センセイは? これがね、星を愛しているんです。その思いが数編のエッセイからストレートに響いてくる。特に星を詠った建礼門院右京大夫(平安末期の女流詩人)を大絶賛するのだが、これがいい。


 〈繰返へしていふ、旧日本の文学に於て建礼門院右京大夫は、星夜の讃美の一節に於て無比の光彩を放ち、私たちは永久この女性歌人のスターを忘れてはならぬと云ふことを。〉(「星夜讃美の女性歌人」)


 さあ、星空を眺めますか。

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『南蛮更紗』(新村出著、米井力也解説)
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書かれた時代大正時代の日本
読後に一言言語学者の言葉に対する愛情がひしひしと伝わってきました。
効用知の世界に溺れることができます。そしてそれはとても快感を伴うものです。
印象深い一節

名言
とにかく物すごいほどに澄みわたつた冬空に、あゝいふ愛別、あゝいふ世変を経験した彼女(建礼門院右京大夫)が、大星を、いはゆる「光ことごとしき星の大きなるが村もなく出でたる」を、見上げた感情くらゐ高調に達したものはあるまい。(「星月夜」)
類書同時代の文学研究書『文芸東西南北』(東洋文庫625)
同時代の民俗学著作集『月と不死』(東洋文庫185)
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