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1963年に刊行がスタートした『東洋文庫』シリーズ。日本、中国、インド、イスラム圏などアジアが生んだ珠玉の作品の中から、毎週1作品をピックアップ。 1000文字のレビュー、そしてオリジナルカルテとともに、面白くて奥深い「東洋文庫」の世界へいざないます。

東洋文庫 188

『洋楽事始 音楽取調成績申報書』(伊沢修二著、山住正己校注)

2012/05/02
アイコン画像    もうひとつの「君が代」メロディ&歌詞を発見! 明治時代の西洋音楽導入の記録。

 「生徒のためのものであるはずの卒業式で、管理職が教師の口元を監視する。何と醜悪な光景だろう!」

 作家・赤川次郎さんが、例の大阪府立高校の卒業式で教職員が「君が代」を歌っているかどうかの「口元チェック」事件に対し、わざわざ新聞に投稿して話題になった(2012年4月12日朝日新聞朝刊東京本社版)。某市長の手法を強く批判する内容だったのだが、一石を投じるものであった。というわけでテーマは「君が代」である。

 個人的には、負の歴史も承知した上で、それを常に忘れないという意図で「国歌=君が代」「国旗=日の丸」でいいと思っているが、これが「口元チェック」となると話は別である。「個人の信条」を持ち出す屁理屈にも閉口するけど、なぜそんなに強制したいのだろうか? 

 そもそも「君が代」は、日の丸のような伝統もない。突然誕生した、という側面が強い。実際、当時の明治政府は、〈(明治)十五年一月政府は文部省音楽取調掛に国歌選定を命じ〉ている(ジャパンナレッジ「国史大辞典」)。

 そのプロセスを載せるのが、『洋楽事始 音楽取調成績申報書』だ。その中の「明治頌撰定の事」にこうある。


 〈撰定するの難きこと、殆ど云うべからず〉


 なぜ難しいのか。以下を意訳する。国歌を作ってみたけれど、格調高くすると馴染みにくいし、わかりやすさを追求すると品がなくなる。日本独自の音楽にこだわれば世界的に通用しないし、かといって外国を真似るともはや「国歌」ではない。帯に短したすきに長し。

 文部省音楽取調掛は国歌制定を諦めるのだが、実はその前に、「唱歌」としての「君が代」を発表していた(同じ唱歌集の中には「あおげば尊し」もある)。

 この唱歌版君が代は、「苔のむすまで」のあと、〈うごきなく、常磐(ときわ)かきわに、かぎりもあらじ〉と続く(さらに二番の歌詞もある!)。本書には譜面も載っていて、試しに弾いてみたけれど不思議な曲でした。

 つまり「君が代」はひとつではなかったのだ。

①陸軍・大山巌らが愛唱していた薩摩琵琶歌「蓬莱山」から「君が代」をえらび、イギリス人・フェントンに作曲を依頼した曲。

②海軍が依頼し、宮内省雅楽課が作り、ドイツ人・エッケルトが西洋風和声をつけた曲(今の君が代)。

③文部省が作った唱歌版君が代(本書収録)。

 このうち、②が陸海軍の天皇礼式用の歌となり、やがてそれが学校にも広まったのだという。いっそのこと、これからは皆で好き勝手なメロディで歌いますか。

本を読む

『洋楽事始 音楽取調成績申報書』(伊沢修二著、山住正己校注)
今週のカルテ
ジャンル音楽
時代 ・ 舞台明治時代の日本
読後に一言明治時代、洋楽をどのように受容しようとしたのか。その中で、国歌をどう考えようとしたのか。当時の考えがよくわかりました。
効用西洋音楽隆盛の現代社会。そのきっかけがこの中にあります。
印象深い一節

名言
曰く、東西二洋の音楽折衷に着手する事。曰く、将来国楽を興すべぎ人物を養成する事。曰く、諸学校に音楽を実施して適否を試る事。(創置処務概略)
類書明治時代の君が代を歌うエピソードも載せる『明治東京逸聞史(全2巻)』(東洋文庫135、142)
明治・大正期の文化論『明治大正史世相篇』(東洋文庫105)
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