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けなす編 第2回

気温の高さを愚痴る

防犯防災のためにも、近所の人とは天候の話をする程度の関係になっておきたいものです。初めて声をかける際には、古典的な「いいお天気ですね」よりも、気温の高さを愚痴るほうが世間話につながりやすいでしょう。

  • 1(あつ)

    気温の高い日に多くの人が一日に何度も口にする言葉。地方にもよりますが、気温が35度以上の日、路上で近所の人に会ったときに「暑いですね」と言うと、必ずや「本当ですね」、「まったくです」などという返事をもらえます。これほど他人の共感を得やすい言葉はない、といえるでしょう。

    家族会議〈横光利一〉「『いえ、あたくしこそ。―たいへんお暑くなりましたのね。大阪もやはり、お暑いでせうね。』と春子も造り笑顔で泰子に向った」

    形容詞、形容動詞に「お」をつけるのは、「奥様はおきれいな方ですってね」のように、形容詞、形容動詞がその人物の状態、属性を表す場合がふつうです。しかし、「お暑い」はもちろん人間ではなく、気温の状態を表します。気温に敬意を払う必要はないのですが、「お」をつけたほうが語感がやわらかくなるため、とくに女性は「お暑い」を好みます。

  • 2むしむし

    大気の温度も湿度も高い日にいいます。「暑い」と同様、世間話を円滑に運ぶ働きがあります。

    雁〈森鴎外〉一八「けふも又妙にむしむしするぢゃないか」

    用例は学生同士の会話からのもの。現代では「……するぢゃないか」は、「するじゃん?」に変わっています。

  • 3暑苦(あつくる)しい

    息がつまるような暑さを表わす言葉。近年では外見を表現する際に用いられることのほうが多いかもしれません。

    人情本・英対暖語-三・一七章「裸で居(ゐて)も温気(アツ)苦しい節(とき)だものヲ」

    男女の痴話喧嘩からの引用で、用例のつづきは「ナニ寄添って居られるものか。能(いい)かげんわる推(ずい)計(ばかり)いふヨ」。男は暑さを理由に浮気の疑いを晴らそうとしますが、女は「イイエそれでも、かはアいひと思ふ節(とき)は、どんなにあつくッても汗が出ても、側を離れるのが否(いや)だとお言ひぢゃアありませんか」と、さらに追求していくのでした。

  • 4寝苦(ねぐる)しい

    熱帯夜の翌日の会話でよく用いられる言葉。熟睡できないことをいうため、本来は心配ごとがあって寝付かれないこともこのようにいいます。しかし、現代では夏用のシーツ、枕、肌掛け等の宣伝でこれが非常に頻繁に用いられるため、「寝苦しい夜」に夏の暑さをイメージする人が多いでしょう。

    自由学校〈獅子文六〉都会の谷間「昨今は、寝苦しいほどの暑さで、その必要はないが、冬に備えることを、爺さんは、警告するのである」

    用例は、家出してホームレスになった男に、老ホームレスが今のうちに毛布を用意するように注意した理由を述べたもの。第二次大戦の終了から5年目の1950年の作品ですが、この頃はもう毛布のような生活必需品を拾うことができるようになっていたのでした。

  • 5()だる

    「うだるような暑さ」の形で使うのが一般的。「ゆだる」が変化して生まれた語ですから、「ゆだるような暑さ」と言っても問題はないのですが、なぜか「うだる」が選ばれます。インターネットで「うだるような暑さ」と「ゆだるような暑さ」で検索してみると、ヒット数の差に驚くでしょう。

    他人の顔〈安部公房〉灰色のノート「毛穴の一つ一つが、暑さにうだった犬のように」

    用例は、「だらりと舌を出してあえいでいる」。実はこの用例は暑さの感じ方を描いているものではなく、性的な感覚の高まりを描いたものです。

  • 6ばてる

    気温の高さによって体調を崩すことを恐れる人、崩してしまった人がさかんに用いる言葉。「日国」によれば、もとはスポーツや競馬の言葉で、一般社会に広まったのは昭和30年代以降とされます。また、語源は「疲れ果てる」の「果てる」との説があるそうです。従って、「夏ばて」も高度経済成長期以降の比較的新しい言葉なのですが、すでに「夏負け」「暑気あたり」などの類義語を駆逐してしまった感があります。

  • 7糞暑(くそあつ)

    人によっては会話で決して用いない言葉ですが、地域によってはこの程度のえぐみのある言葉は近隣住民とのコミュニケーションの円滑化に役立つかもしれません。

    アメリカひじき〈野坂昭如〉「くそ暑いのに頭巾かぶった婆さん」

    「頭巾」は防空頭巾のこと。第二次大戦が終わった日、米軍機が捕虜のための食糧を落としていったときのことを回想している場面からの用例です。日本の軍人は収容所の外に落ちた食糧を町内会に分配させたのですが、その中に日本人にはわからないひじきのようなものがありました。それをひじきのように煮て食べて「アメリカもまずいもん食うとってんなあ」などと言っていたのですが、そのアメリカひじきとは紅茶だったのでした。

  • 8炎暑(えんしょ・えんじょ)

    夏は手紙でも、冒頭のあいさつの部分で暑さについて愚痴をこぼすことが一般的です。これはその際に用いられる言葉の代表的なもののひとつで、とくに夏の盛りの暑さを表す場合によく用いられます。

    当世書生気質〈坪内逍遙〉三「拝啓仕候。追日炎暑(エンショ)酷敷(はなはだしく)相成候処」

    用例は、学生が故郷の父親に宛てて書いた手紙の冒頭。しかし、父の健康を気づかう手紙ではなく、送金を求める手紙です。

  • 9酷暑(こくしょ)

    これも夏の手紙向きの言葉。明治までは、暑中見舞状といえども「暑中」の語を使わずに、これを使って挨拶を述べる人が少なくありませんでした。その場合の「酷暑」は、平年を上回る暑さという意味ではありません。冷夏でも手紙には「暑中」と書くのと同様、やや形式的に用いられたようです。

    殿村篠斎宛馬琴書簡‐天保三年〔1832〕七月一日「酷暑之節、御弥御壮栄被成御起居、奉賀候」

    江戸時代の暑中見舞状の一例。現代人は「暑中見舞」を手紙もしくはEメールに頼りますが、かつては年始のあいさつと同様、直接訪問することも広く行われました。このように通信手段の発達は直接会うことの稀少性を高めている面があります。「遠くの親戚より近くの他人」といいますが、気軽に会える近所の人々は今後ますます価値が上がってくるでしょう。

2005-07-19 公開