古典への招待

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改作物語と散逸物語『住吉物語』『とりかへばや物語』の周辺

第39巻 住吉物語・とりかへばや物語より
改作物語の登場
 原作の物語があるのに、何かの事情からこれを作り改めることがあり、その作り改めた物語を改作物語と呼んでいる。『住吉物語』『とりかへばや物語』はいずれも改作物語で、残念なことに原作のほうは散逸してしまった。
 改作物語を論評するむずかしさは、原作のどういうところが不満で改作に着手したのかとか、どこまでが原作の独自性で、どこからが改作における工夫なのかとか、双方を比較して考察していかなければならないのに、多くの場合、原作が散逸してしまったために、逸文資料によって原作の内容を復元する作業をすすめつつ、改作物語と照合してみるほかないというところにある。ちなみに、散逸してしまった物語を散逸物語と呼ぶ。
 散逸した原作の『住吉物語』を「古本こほん住吉物語」といいならわし、現存する『とりかへばや物語』を物語評論書の『無名草子むみようぞうし』では「いまとりかへばや」としているので、原作・改作の関係にある二本を呼び分けるには、「古本・今本いまほん」「ふる・今」を冠すればよいのであるが、また「散逸住吉」「現存とりかへばや」のごとき区別の仕方もできようか。
 現在知られている改作物語を挙げると、次のようになる(左段が原作、右段が改作、成立時期の「以前」は含む以前)。
〔王朝期前期〕住吉物語(散逸)〔鎌倉~室町期〕住吉物語
〔王朝期前期〕落窪おちくぼ物語〔室町物語草子〕落窪の草子
〔王朝期後期〕よるの寝覚(一部散逸)〔南北朝期〕夜の寝覚物語
〔王朝期後期〕狭衣物語〔室町物語草子〕狭衣の草子
〔院 政 期〕とりかへばや(散逸)〔院 政 期〕とりかへばや物語
〔院 政 期〕海人あま刈藻かるも(散逸)〔南北朝期〕海人の刈藻
〔院 政 期〕しの(散逸)〔南北朝期〕忍び音物語
〔院政期以前〕岩屋(散逸)〔室町物語草子〕岩屋の草子
〔院政期以前〕硯破すずりわり(散逸)〔室町物語草子〕硯破
〔鎌倉期以前〕あだなみ(散逸)〔室町物語草子〕一本菊ひともとぎく
〔鎌倉期以前〕扇流し(散逸)〔室町物語草子〕扇流し
〔鎌倉期以前〕伏屋ふせや(散逸)〔室町物語草子〕伏屋の草子、美人くらべ
〔鎌倉期以前〕恋に身かふる(散逸)〔室町物語草子〕しぐれ
〔鎌倉期以前〕夢ゆゑ物思ふ(散逸)〔室町物語草子〕別本べつぽんたなばた
〔鎌倉期以前〕世を宇治川(散逸)〔室町物語草子〕若草物語
 この一覧表を見ると、まず最も早い改作物語が『とりかへばや物語』であることに気づく。『無名草子』では散逸『とりかへばや』を論評したのち、
かくみの』こそ、めづらしきことにとりかかりて、見どころありぬべきものの、あまりにさらでありぬべきこと多く、言葉遣ひいたく古めかしく、歌などのわろければにや……あはれにも、をかしくも、めづらしくも、さまざま見どころありぬべきことに思ひ寄りて、むげにさせることもなきこそ口惜くちをしけれ。
と、否定的に取り上げながらも、
『今とりかへばや』とて、いといたきもの、今の世にで来たるやうに、『今隠れ蓑』といふものをしだす人のはべれかし。
と、『今とりかへばや』を絶賛し、『今隠れ蓑』の出現を待望するコメントを付している。特異な趣向をもつ物語には不思議な魅力があるので、それ以外にはなるべく不自然なことがなく、言葉遣いも歌も当世風に仕立てあげられていれば、読者は歓迎するというのである。改作物語が求められる事情の一端のうかがえるところであった。
 特異な趣向をもつという点では、漁師の娘が貴公子に身分違いの恋をして、海に身を投げたのち、貴族の姫君に生まれ変わり添い遂げるという『あま物語』、夜な夜な訪れる天若御子あめわかみこの子を懐妊して、父に勘当された姫君が新帝のきさきに昇るという『別本たなばた』も同様で、それゆえ室町物語草子に作り改められたものであろうか。
 次に、『住吉物語』『落窪物語』は継子ままこいじめの物語であった。母親や乳母めのとの援助なくしては幸福な結婚の期待できない姫君が継子いじめに堪え、思いがけず貴公子にその美徳を見いだされ栄えるという話型は、それ自体スリルとサスペンスに富んでおり、年若い女性読者の心をとらえたはずである。
『住吉物語』の特色は継母により姫君の結婚妨害が繰り返されるところにあるが、『落窪物語』では継母が姫君を使用人のように扱い、いたわることなく酷使する。そのほか、室町物語草子を見ていくと、『岩屋の草子』では姫君が船旅の途中、海に沈められるところ、漁師の夫婦に助けられ、やがて温泉治療から戻る貴公子に見いだされる。『伏屋の草子』では姫君がかどわかされ、あやうく殺されるところ、熊野詣くまのもうでから帰る信濃国しなののくにの尼君のもとに身を寄せると、探索に出た男君が尋ねあてる。『一本菊』では兄が讒言ざんげんにより流罪るざい、妹は閉じ込められるが、菊が縁で結ばれた兵部卿宮ひようぶきようのみやに救出され、宮は即位し、兄は召し返される。男主人公を中心にして見なおすと、『住吉』『伏屋』が探索型、『落窪』『一本菊』が救出型、『岩屋』が発見型になっており、それぞれに特色を示している。
 いまひとつ注目すべきは、『忍び音物語』『しぐれ』『若草物語』のグループである。男君は薄幸の姫君を愛して家に迎えるが、父がこれを許さず、強引に政略結婚させたため、姫君は家を出るという話型をもっており、嫁いじめ型とか、忍び音型と呼ばれている。『忍び音』『しぐれ』では姫君がみかどに見いだされて内侍ないしないし后に昇り、男君は出家し、『若草』では悲観した姫君が川に身投げし、男君は出家する。男主人公に焦点をあてれば、中世に流行した悲恋遁世談とんせいだんということになる。
『忍び音物語』を女主人公の側から見ると、夫婦がいて、女は出世するが男は没落するという型であることに気づく。蘆刈あしかり伝説として知られる『大和やまと物語』第一四八段の話、また昔話の「炭焼き長者」とも共通する話型である。ただし、物語においては姫君がまず貴公子に見いだされたものの、その父に仲を裂かれて悲嘆し、やがて帝の目にとまるというように、起伏に富んだ展開となっており、読者を飽きさせないような仕組みとなっている。嫁いじめ型とか、蘆刈伝説型とか呼ぶこともある。
『夜の寝覚』『狭衣物語』にも改作物語が見られるのは、やはり有名な作品だからであろう。『夜の寝覚物語』は物語の第一部と第二部を梗概こうがい化したもの、『狭衣の草子』は飛鳥あすかの女君との恋物語を室町物語草子風に改作したもので、『落窪の草子』になると題名を借用した程度である。『源氏物語』が改作されなかったのは、別格の扱いを受け、本文が尊重されたからであるが、そのかわり、光源氏の出家・入定にゆうじようや宇治十帖の後日談を語る『雲隠くもがくれ六帖』、夢浮橋巻の続編『山路やまじの露』のような補作が試みられ、『源氏小鏡』などの梗概書が作られた。
散逸物語の世界
 散逸物語とは、先にも触れたように、物語そのものは散逸したが、題号その他、かつて存在したことを示す資料が残されている物語のことである。鎌倉時代の擬古物語『浅茅あさじが露』(末尾散逸)、『しずくにごる』(首部散逸)などのように、物語の一部が残っている場合には、残欠であるとか、欠巻があるとかいって、散逸物語には含めないようである。
 散逸、現存を問わず、物語の名を伝える資料としては、十世紀後半のものに源為憲ためのりの『三宝絵さんぽうえ』があり、十一世紀初頭の『源氏物語』の前後のものに『枕草子』『更級日記』、十一世紀半ばごろのものに「天喜三年五月三日ばい子内親王家ばいしないしんのうけ歌合」(六条斎院物語歌合とも)と『狭衣物語』、院政期のものに「源氏物語表白ひょうびやく」と『無名草子』、鎌倉中期以前のものに『風葉ふうよう和歌集』などがある。
 これらの資料により、現在知られる物語の数は二五〇編ほどになるが、現存するものが約五〇編なので、散逸物語は二〇〇編にも及ぶことになる。これは概数で、もうすこし精確を期すならば、最大の資料である物語歌集『風葉和歌集』(一二七一成)を例にすると、物語の数が約二〇〇編、うち現存するもの二四編、散逸したもの一七〇編以上となる。ちなみに、室町物語草子で現存するものは三〇〇編にも達するといわれている。
 さて散逸物語を時代を追ってみていくと、物語の始発期には『はこやの刀自とじ』のような神仙談、『からもり』『伊賀の専女とうめ』のような求婚ないし婿選びの話、『いまめきの中将』などの恋愛談や、さらに擬人物の物語があったらしく、『源氏物語』の前後には継子物の『住吉物語』、色好み談の『交野かたのの少将』や『隠れ蓑』『しらら』『道心すすむる』『かばね尋ぬる宮』など、十一世紀半ばごろに進むと中編や長編の『朝倉』『蘆火あしびたく屋』『玉藻たまもに遊ぶ権大納言』、短編の『あらば逢ふ夜のと嘆く民部卿』『岩垣沼の中将』『打つ墨縄すみなわの大将』などがある。
 院政期には『海人の刈藻』『おやこの中』『心高き東宮の宣旨』『忍び音』『とりかへばや』や藤原隆信の『うきなみ』、鴨長明の作かという『四季の物語』があり、鎌倉時代に入ると『のじま』『萩に宿かる』『みかきが原』『闇のうつつ』『よその思ひ』などがある。平安時代の物語を平安物語、王朝物語と呼ぶのに対して、院政期以降の物語を中世王朝物語とか、擬古物語とか称して区別することがある。どうやら物語文学の全盛期は十世紀後半から十一世紀いっぱいのころまでであったようである。
 南北朝時代から江戸時代初期にかけて、何々の草子と名づけられた室町物語草子が大量に制作されるようになるが、おもしろいことに、原作は散逸してしまったのに、室町物語草子に改作されて残っている作品が何点もある。
 先に掲げたように、題名がほぼ一致し、原作・改作の関係にあると見てよいものに、『扇流し』『硯破』『橋姫物語』をはじめ、『あま物語』『岩屋の草子』『伏屋の草子』や『狭衣の草子』があり、作中の和歌が一致するため、原作・改作の関係にあると考えられるものに、『夢ゆゑ物思ふ』と『別本たなばた』、『恋に身かふる』と『しぐれ』、『あだなみ』と『一本菊』、『世を宇治川』と『若草物語』がある。
 室町物語草子に改作されることになる原作の物語は、改作されるにふさわしい魅力ある作品であったが、時代の変化とともに古びてしまい、改作されたのちには災害や戦火に遭遇し、湮滅いんめつしたものであろう。(三角洋一)
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