ひと塩にした鯖(さば)を軽く酢で締め、切り身をそのまま食べる、きずし(生寿司)。東日本の締め鯖(しめさば)と同じものである。西日本との違いは、東日本ではわさび醤油や生姜(しょうが)醤油で食べることが定着している点だろう。一般の鮮魚店で売られている鯖の種類は真鯖か、胡麻(ごま)鯖で、秋に旬を迎えるのは真鯖のほうである。北方から南下してくる真鯖はたっぷりと脂がのり、ひと塩にするとぐっと旨味(うまみ)も増す。煮ても焼いてもとろけるようなおいしさだが、新鮮な鯖が手に入ったら、きずしにして秋鯖の豊かな風味を楽しんでいただきたい。
 きずしは、まずひと塩にした鯖を三枚におろして腹の骨をそぎ取り、背中側の小骨もていねいに抜き取る。その半身を糸目昆布で包むようにし、三杯酢か、二杯酢をかけてしばらく漬け、途中で頭側から薄皮を剥(は)ぎ取る。この酢で締めるときに輪切りのキュウリを添えて臭みをとる人などもいて、酢の締め加減や臭みのとり方、つけ合わせの工夫などが、調理に好みが出るところである。普通は鯖の表面が少し白くなった締め加減がちょうどよいとされ、適度に昆布の味もなじんでいる。身は薄切りにし、一緒に漬けた糸目昆布と生姜の千切りを添えて完成である。
 京都の鯖といえば、福井県の若狭から左京区の出町柳(でまちやなぎ)までの鯖の道、鯖街道が有名である。昔はとれたての鯖が傷まないように塩をふりかけ、この道を夜通し運んできたという。腐りやすい鯖は「鯖の生き腐れ」ともいわれるけれど、この言い伝えにはおいしさと裏腹の理由がある。鯖の身には非常に多くの旨味成分が含まれており、漁獲後、この成分がどんどんアレルゲンに変化してしまうため、人によってじんましんや腹痛を起こしてしまうのである。おいしい郷土料理にはこの旨味を上手に取り入れたものが多い。京都の鯖ずし(棒ずし)、大阪の押し寿司のバッテラや船場汁(せんばじる)、高知の姿寿司など、どれも鯖ならではの骨太の風味が愛され続けてきた名物である。

   

   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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