酒粕(さけかす)の別名である。ただし、酒粕はいつでも手に入るものだが、板御神酒は違う。新酒の酒粕である新粕(しんかす)ができる、12月~2月ごろまでに限られている。秋に収穫した酒米を醸(かも)し、その醪(もろみ)から酒を絞り取ったばかりの酒粕のことであり、これは酒以上にぷんぷんと芳醇(ほうじゅん)に香り、潤いも十分で酒の成分を多く含む。なかなか手ごわい一品である。醪(もろみ)を酒袋に入れ、槽(ふね)で圧搾して酒を絞っていたころの板御神酒は、それはおいしかったという。現代は合理的な圧搾機で酒を絞り取るため、残り物の酒粕は、かすかすとして潤いがなくなってしまうのである。板御神酒の「お」や「み」とは、本来は褒めそやす美称の意味があり、昔の人は特別な新粕を「かす」とはいわず、板御神酒という美名を与えたのかもしれない。
 板御神酒を食べるなら、黒糖などを包み込んで焼き、溶けた糖分が表面にしみ出てくるぐらいのを熱々でいただくのがうまい。体も芯(しん)からぽかぽかしてくる。酒粕はタンパク質やアミノ酸、核酸などが豊富で、麹(こうじ)の酵素が生きた健康食そのものである。京都では鰤(ぶり)や鮭(さけ)のアラを使った粕汁がなじみ深く、甘酒や奈良漬け、魚介や野菜の粕漬けなど、酒粕が寒い季節の料理に欠かせない。


新酒の時期の酒粕は驚くほど香り豊かで、甘酒にするのもよい。100gほどの酒粕を水500mlほどで沸かし、沸騰したら、好みで砂糖、すり生姜を溶かせば、あっというまにできあがる。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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