世界最大の水深63mのコンクリートの防波堤(全長2km、海面からの高さ8m)を備えていた岩手県釜石市。しかし、東日本大震災の大津波は、その頑丈な堤防をも破壊。人の力が及ばない自然の脅威を思い知らされた。

 一方、タブやカシ、ヤマツバキなど、在来の樹種が生えていた場所は、斜面の土砂こそ津波で流されたものの、木々は根を張り津波を抑える役割を果たしていた。

 植物生態学者で横浜国立大学名誉教授の宮脇昭(みやわき・あきら)氏は、震災直後から東北の被災地を調査。在来樹木の持つ力に着目し、震災で出たガレキを活用しながら森の防潮堤を作ることを提案。細川護熙(もりひろ)元総理らとともに「森の長城プロジェクト―ガレキを活かす―」を立ち上げた。

 被災地ではいまもまだガレキの処理が問題になっているが、このプロジェクトではガレキを焼却せずに土と混ぜて被災地の沿岸部に掘った穴に埋めて小高い丘(マウンド)を作る。その上に東北地方の自然植生であるタブやシイなどの苗を植えていけば、10~20年で防災・環境保全林ができるという。これらの樹木は地中に深く根を張るので、巨大な津波がきても簡単には倒れず、津波の威力を弱め、引き潮ではフェンスとなって海に流される人を救うことも期待できる。

 ガレキの90%以上は木材や住宅の土台のコンクリートなどで、そこで暮らしていた人々の歴史や思い出がしみ込んだものだ。それを用いることは鎮魂の意味でもふさわしい。

 「森の長城プロジェクト」では、青森から福島の太平洋岸の300kmに森の防潮堤を築くために、タブやシイのポット苗9000万本の生産と植樹をすることを目標としている。

 活動資金を集めるために、今年2月21日には秋元康さん(作詞家)、吉永小百合さん(女優)ら著名人が参加するチャリティオークションも開催された。3000万円を超える寄付金が集まったが、活動を続けるために一般の寄付も募集している。

 こうした市民の動きと逆行して、宮城県では海を覆うようなコンクリートの巨大防潮堤の建設計画が進んでいる。だが、自然の力は人智を超える。人が作ったものに「絶対」はない。

 津波から人の命を守ってくれる防潮堤は、コンクリートなのか、緑の森なのか。答えは次の津波が教えてくれるだろう。

 

   

ニッポン生活ジャーナル / 早川幸子   


早川幸子(はやかわ・ゆきこ)
水曜日「ニッポン生活ジャーナル」担当。フリーライター。千葉県生まれ。明治大学文学部卒業。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。新聞や女性週刊誌、マネー誌に、医療、民間保険、社会保障、節約などの記事を寄稿。2008年から「日本の医療を守る市民の会」を協同主宰。著書に『読むだけで200万円節約できる! 医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30』(ダイヤモンド社)など。
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