二十四節気七十二候で3月下旬を表すことばは、「桜始開(さくらはじめてひらく)」である。日本中が待ち焦がれていた桜前線が、平年より早い開花速報とともに北上を始めている。この時期の日本列島といえば、南下と北上を繰り返す寒気の影響で天候が変わりやすく、小春日和のような暖かな日もあれば、不意に寒さが戻ったり、雪が舞ったり。花冷えは、桜の華やかな花の陰に見え隠れしながら静かに消えゆく、わずかな冬の名残がもたらす寒さである。

 京都の花冷えは、「比良八講(ひらはっこう)荒れじまい」のためだという話を聞いたことがある。比良八講というのは、比叡山の北方の琵琶湖西岸に連なる比良山山中で、天台宗の行者が法華八巻の講義問答をしていたという法会のことである。現在は毎年3月26日に琵琶湖で湖上法要などが行なわれている。ちょうどこの時期に寒気がぶり返し、比良山と琵琶湖には寒波の突風が吹き荒れる自然現象が起こるという。この比良八講荒れじまいと呼ばれる突風が、冬の名残を吹き飛ばし、湖国に本格的な春到来を告げるそうである。


比叡山より北東を見る。中央奥の頂に雪を残した山々が春の比良山系。右奥の霞がかっているところが琵琶湖。


   

京都の暮らしことば / 池仁太   


池仁太(いけ・じんた)
土曜日「京都の暮らしことば」担当。1967年福島県生まれ。ファッション誌編集者、新聞記者を経てフリーに。雑誌『サライ』『エスクァイア』などに執筆。現在は京都在住。民俗的な暮らしや継承技術の取材に力を入れている。
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