女性がきれいに見える条件を「夜目、遠目、笠の内」という。「上方いろはかるた」にあるそうだが、ようやく世界文化遺産に登録されることになった富士山に、そのまま当てはまる言葉である。

 私は春まだ浅い河口湖から見る富士の姿が好きだ。伊豆土肥温泉の夕陽と富士山も捨てがたい。遠目に見る富士は“霊峰”の名に恥じない美しさであるが、近づくにしたがってエクボならぬ痘痕(あばた)ばかりが目立ってくる。

 『週刊新潮』(5/16号、以下『新潮』)ではモノクログラビアで、富士の麓に堆(うずたか)く積まれた廃棄物の山を撮っているが、宅配業者のトラック、石油ストーブ、古タイヤ、国道沿いには投げ捨てられた弁当のゴミが散乱している。山梨県鳴沢村の75歳男性がこう嘆く。

 「不法投棄の中で、一番やっかいなのがタイヤなんです。雨水が溜まって、夏になると大量の蚊が湧くんですよ。これでも、一番酷かった10年前よりはマシになったんですけどね」

 山梨県と静岡県が富士の世界遺産登録を目指したのは21年前。自然遺産での登録を目指したが、環境省の候補地検討会で2度も落ちてしまったのは、求められる自然の美しさの基準には及ばないだろうと、失格の烙印を押されたからだった。そこで自然の景観より歴史的価値や芸術性が重視される文化遺産の登録へと方針転換して悲願達成となったと『新潮』が書いている。

 富士山には年間30万人以上が訪れるが、世界遺産となればマナーを守らない登山者や不届きな観光客が急増して、さらにゴミが増えることは間違いない。死亡事故も多い。

 「昨年1年間に静岡県警が扱った事故者数は70人、うち死亡者9人、重傷者4人を数える」(『新潮』)

 2016年にはユネスコ側に、周辺開発や来訪者増加への対応など保全状況についての報告書を提出しなければならない。その結果次第では登録抹消もありうるのである。

 登山者を制限するために「登山の有料化」も検討されているというが、山梨・静岡両県にとっては頭の痛い問題であろう。

 富士山は“歴(れっき)とした活火山”である。それも青年期であるため、近々噴火するのではないかと指摘されていて、その可能性は100%だと『週刊文春』(5/16号、以下『文春』)が報じている。

 たしかに予兆を感じさせる異変が起きている。河口湖で水位が激減。富士三合目付近では道路が約300メートルにわたって地割れし、浜松市では茶畑の斜面が崩落して、周辺住民への避難勧告が続いているのである。

 『文春』で火山・地震学者の琉球大・木村政昭名誉教授がこう語る。

 「富士山が活火山である以上、本来は火を噴いて当然の山です。私は、富士山はすでに活動期に入っているとみています。つまり、いつ噴火してもおかしくありません」

 マグニチュード9以上の巨大地震が起きた後は、数年以内に必ず火山噴火が起きていると、気象災害担当記者が話している。

 実は、富士の噴火と世界文化遺産の登録は密接に関連しているのだと、文化庁関係者がいっている。

 「優美な景観だけではなく、古来より噴火によって自然の脅威を体現してきた山だからこそ神聖視され、文化を形成してきたともいえます」 

 富士山は“遺産”ではなくいま現在も生きているのだ。フランス語で山は女性名詞である。美しい女には棘がある。この欄の女性担当者は近くで見ても美しいが、やはり棘があるんだろうな。

 

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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