歌手。1969年、19歳のとき『新宿の女』でデビュー。70年には『女のブルース』『圭子の夢は夜ひらく』が大ヒットし、作家の五木寛之氏が、彼女の歌は「演歌」ではなく「怨歌」であると評し、人気に拍車がかかった。8月22日に東京・西新宿の高層マンションから飛び降り自殺。享年62歳。歌手・宇多田ヒカルは娘である。

 歌は世につれ世は歌につれといわれる。歌を語ることは自分の人生を語ることである。彼女の『夢は夜ひらく』に「十五、十六、十七と、私の人生暗かった」という歌詞がある。以前にも書いたと思うが、私もその年頃のとき二度目の結核に罹り、大学受験を諦め、自宅療養していた。

 吉永小百合・浜田光夫の映画『愛と死を見つめて』を何度も見て、一生分の涙を流した。大学に入ってからは、学生運動に熱中する連中を横目で見ながらバーテン稼業に精を出した。いつまた病に倒れるときが来るかもしれない、そんな不安が刹那的な生き方を後押しし、年上の銀座の“夜の蝶”と半同棲していた。巷には森進一の『年上の女(ひと)』や藤の『新宿の女』が流れていた。

 彼女は岩手県一関市で生まれ、北海道旭川市で育つ。幼い頃から浪曲師の父と三味線瞽女(ごぜ)の母と一緒に旅回りして歌っていた。

 『週刊朝日』(9/6号、以下『朝日』)で芸能リポーター石川敏男氏がこんなエピソードを語っている。

 「藤が『ジャムパンを食べたい』というのを映画で共演した女優が聞いて買ってあげたところ、藤は『子どものころ、ずっと食べたかったけれど、食べられなかった』と言って泣きだした」

 極貧で学校へも行けず、目の悪い母親をかばいながら健気に演歌を歌う美少女。レコード会社の惹句(じゃっく)にやや誇張はあったものの、お人形のような女の子がドスのきいた声で「こんな女でよかったら、命預けます」。痺れた!

 大ヒットを次々に飛ばす藤は、安保闘争で挫折した若者たちの熱烈な支持を受け社会現象になった。人気絶頂の21歳で歌手の前川清と結婚したが1年で破綻している。

 79年、28歳のとき突然引退を発表してアメリカへ居を移してしまう。82年に宇多田照實(てるざね)氏と結婚、83年に長女・光(宇多田ヒカル)を出産する。

 推測だが、この頃からヒカルが歌手デビューするまでの間が、藤の人生の中で一番平穏なときではなかったか。

 宇多田氏とも別れ、娘・ヒカルとも離れてギャンブルにのめり込み、湯水のようにカネを使って世界中を旅行したそうだ。その間にも何度か結婚・離婚を繰り返し精神的にもおかしくなっていったようである。

 『朝日』によれば、06年に藤自らが電話して出演したテレビ朝日のインタビューでこう話したという。

 「私はもう藤圭子でもなんでもない。(藤圭子は)お金もうけのために、人からもらった歌を歌って、喜びも悲しみもわかちあって、10年で幕を閉じた」

 今春、元夫・宇多田氏がツイッターで「救いの無い歌詞を長年歌っていると何だか人生救いが無くなる」と、藤が言っていたと呟いた。

 命までもと好いた男に捨てられても、京都から博多まで追っていく“バカな女”の怨み節は、他人から押し付けられた「借り着」だったのだろう。それを脱ぎ捨てたくてアメリカまで逃げていったのに、彼女が普通の女に戻ることは叶わなかった。

 娘の歌手としての成功は、彼女の中にかつての“悪夢”を甦(よみがえ)らせたのかもしれない。そんな自分と葛藤している間に夫と娘は離れていってしまった。

 さすらい流れた果てに、彼女は新宿へ戻ってきて自死を選んだ。苦労をともにした母親とは金銭がもとで別れたきりであった。娘・ヒカルが藤の亡骸(なきがら)と対面したのは彼女の死から6日後である。ヒカルは自分のブログにこう書いた。

 「彼女の最後の行為は、あまりに悲しく、後悔の念が募るばかりです」

 “彼女”という言い方が二人の距離を表しているようで、哀れである。 

  

 

   

読んだ気になる!週刊誌 / 元木昌彦   


元木昌彦(もとき・まさひこ)
金曜日「読んだ気になる!週刊誌」担当。1945年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社に入社。『FRIDAY』『週刊現代』の編集長をつとめる。「サイゾー」「J-CASTニュース」「週刊金曜日」で連載記事を執筆、また上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで「編集学」の講師もつとめている。2013年6月、「eBook Japan」で元木昌彦責任編集『e-ノンフィクション文庫』を創刊。著書に『週刊誌は死なず』(朝日新書)など。
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